後藤裁判第一審(2014年1月)後も、まるで、その判決をあざ笑うかのように、強制脱会目的の拉致監禁事件は起きた。私は、これまで、日本の後藤民事裁判は、日本の拉致監禁事件を終結させる決定的な裁判になることを期待し、そう発言してきた。しかし、現実は、そんな、やさしいものではなかった。アメリカの例をあげながら、私が、今、考えていることを記しておきたいと思う。
アメリカで拉致監禁(ディプログラミング)を終結させた裁判として、ジェイソン・スコットのケースは、このブログでも、何度も紹介してきたし、「国境なき人権」 等の報告書、米本和弘著「我らの不快な隣人」(165ページ) 等、拉致監禁(ディプログラミング) 問題を扱うときには、必ず出てくるアメリカの裁判である。
スコット裁判の1990年代前半のアメリカと、現在の日本とでは、拉致監禁問題において、異なる点がある。それは、警察・検察の拉致監禁に対する扱いである。
アメリカでは、拉致監禁が表ざた(たとえば、被害者が、移送中に逃げ出して、助けを求めたりとか、争いをだれかが通報した場合など)、警察は、より中立的な立場に立ち対処してきたし、検察は犯罪者を起訴していた。
私の住むオーストラリアでも、1970年代、80年代に拉致監禁は起きた。その被害者の一人であるJさん(女性、現在50代、統一教会信者)の体験を聞いたことがある。彼女は、両親宅に帰省した際、拉致監禁された。彼女は、すきを見て逃げ出し、両親の車で逃走し、そして、警察に飛び込み、助けを求めた。警察署に両親が合流し、警察官を仲介として、話し合いを行った。結果として、監禁は終わった。警察が、子供(成人した子供) を、両親の元に送り返したり、両親だけの言い分を聞くこともなかった。
現在、日本の警察は、中立的な立場に立っていない。「家族問題」 「両親が一緒にいるのだから、犯罪ではない」 等の "言い訳" に終始し、重大な人権侵害に対し、見て見ぬ振りを貫き通している。
千葉の石橋正人君の行方不明に関しては、国際人権団体 「国境なき人権」の再三の要請にも関わらず、千葉県警は、正人君の意思を確認していない。
http://humanrightslink.seesaa.net/article/402272459.html
2014年7月の広島夫婦拉致事件では、警察は、2回のチャンスがあったにも関わらず、親族側の考えのみを聞き、被害者を救出できなかった。(3回目の、被害者本人からの110番通報で、警察は駆けつけ、被害者は結果的に解放されたが、もし、それがなければ、今もなお、警察は何もしていないだろう。)
http://humanrightslink.seesaa.net/article/405268400.html
日本では、警察が動かないのだから、警察がその犯罪者を起訴することなど、起きるはずがない。被害者が解放後に刑事告訴したとしても、後藤徹さんのケースを含めて、様々な理由を付け、まるで判に押したように、不起訴処分にしてきた。拉致監禁実行犯は、警察は、彼らの味方だと思っている。警察は、被害者(行方不明者)の捜索・本人との直接の接触を拒むことにより、結果的には、実行犯(両親や、脱会説得者)の協力者となっている。そんな状況の中での後藤一審判決は、確かに画期的なものであったが、拉致監禁に対する抑止力にはならなかった。
本日(2014年11月13日)の判決が、第一審よりも前進したものであっとしても、それが、ただちに拉致監禁をやめさせる決定的なものにはならないかもしれない。また、たとえ、判決内容が後退したような内容であったとしても、後藤裁判のこれまでの過程は、拉致監禁をなくしていく、決定的場面に向けての、重大なステップになることは間違いないと思っている。
後藤徹さんにおかれては、まずは、ご自身のために、そして、これまで拉致監禁の犠牲になった、そして声を上げることのできなかった4000名以上の犠牲者の方々のために、そして、少しでもはやく、日本での拉致監禁をなくすることができるよう、自由のための闘いを、今後も - たぶん、生涯かけて - をお願いしたいと思う。
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後退など、あってはなりません。
日本の信仰の自由のため、拉致監禁事件を終わらせるためにも。
<自由のための闘いを、今後も - たぶん、生涯かけて>
いやいや、後藤さんには早く肩の荷を下ろしてもらいたいです。
後藤さんに本当の意味での開放の日、自由の日が一日でも早く到来することを祈るばかりです。