この 「愛情作戦」 という表現 は、ブログ「火の粉を払え」(米本和広氏) の、記事 「醜いアヒルの子−家族の愛とは何なのか。」 の本文最後のコラム 「拉致監禁諸派の愛情作戦」 より、拝借させて頂いた。
後藤裁判の判決文の中で、読んでいく途中で、気になったところがある。次の部分である。
・・・当時において統一教会について問題のある団体である旨の報道等が広くされており,被告らがそのような統一教会の信者である原告を案じていたことが容易に推察されることを踏まえても・・・
・・・被告らが前記不法行為に及んだのが原告を案ずる家族としての愛情からであることは、容易に推察されるところであるほか・・・
裁判所が、被告の主張に添って、被告の原告に対する案じる気持ち・愛情に、理解を示した箇所である。
後藤徹さんの兄(被告)の陳述書に次のような箇所がある。
★後藤徹氏の兄の陳述書-その2 (後藤徹氏の裁判を支援する会ブログ)
http://antihogosettoku.blog111.fc2.com/blog-entry-81.html
(長い長い陳述書の一番最後の 「最後に」 の箇所。段落が長いので、読みやすくするため、段落分けをしました。)
23.最後に
私も,父も母も,■<後藤徹氏の妹>も■<後藤徹氏の兄嫁>も,親戚の方々も誰も徹のことを憎い,あるいは,統一協会信者になったことを外聞が悪いと考えたことはありません。ただただ,徹が,自分自身の自由な意思による選択ではないにもかかわらず,自由な意思であると信じ込まさ れ,一度しかない人生を統一協会の反社会的な活動に捧げていることが悲しくて,不憫 (ふびん) でならなかったのです。
それで,自分の頭で考えるきっかけを作るために 家族との話し合いを持ちかけたのです。徹が,話し合いに入ること自体を頑なに断れば,話し合いは成立せず,家族はあきらめるしかなかったのです。でも,家族の心情が通じたのか,徹は,話し合いに入ることは拒みませんでしたし,マンションを出て行くということもありませんでした。徹が話し合いを辞めて出ていくと言えば,話し合いはそこで終わりです。逆に言えば,徹が話し合いを辞めて出て行くと言いださない限り,家族には希望が残ります。
12年間と言えば長いようですが,それは,現時点から過去を振り返った,いわば歴史家のような視点です。話し合いに入っていた私達家族にとっては,一日,一日が全てでした。話し合いの際の細かい言動,生活の態度から徹の内心を推測しては一喜一憂し,一日の終わりには明日には,自分の頭で考えるようになってくれるかも知れないという希望をもって床に就くのです。そのような日々を繰り返すうちに何時の間にか,12年間が過ぎていたのです。
このような家族の気持ちを是非,裁判所には 御理解頂きたく存じます。徹自身も,統一協会の信仰を離れはしなかったものの,家族の悲痛なまでの心配する思いのいくばくかは感じていたはずです。そんな私達をいろいろな意味で「見捨てる」ことができず,話し合いを止めて,マンションから出て行こうとしなかったのだと思います。
被告 (兄)の気持ちを切々と、裁判所に訴えている。
冒頭部分の判決文の箇所を、その前後も含めて、引用させて頂く。
★後藤徹氏裁判判決文D−主文のとおり判決する。 (後藤徹氏の裁判を支援する会ブログ)
http://antihogosettoku.blog111.fc2.com/blog-entry-251.html#more
(被告■<後藤徹氏の兄>らの原告に対する不法行為の成否について の箇所より)
さらに,被告■<後藤徹氏の兄>らは,組織的に反社会的活動を行っている団体であることが極めて明白である統一教会により精神の自由を実質的に拘束され,精神的呪縛のもとにある原告に対し,自分自身で考え,信者として組織的な反社会的活動に関わり続けることの問題点に気付いてほしいという気持ちから,話合いに応じるように必死で原告に対する説得を試みたものであり,原告においても,不承不承ながらもこれに応じていたものである旨主張するが,前記認定事実によれば,原告は,遅くとも荻窪フラワーホームに移動し,偽装脱会の告白をした後においては,その場に留まり続けて家族らと共に生活を行い,話合いを続ける意思を有しておらず,しばしば退出の意向を明示していたことは明らかであって,当時において統一教会について問題のある団体である旨の報道等が広くされており,被告らがそのような統一教会の信者である原告を案じていたことが容易に推察されることを踏まえても,成人男性である原告を長期間にわたって1か所に留めおき,その行動の自由を大幅に制約し,外部との接触を断たせた上で説得を試みることについては,その説得の方法として社会通念上相当というべき限度を逸脱したものとみざるを得ない ところであって,被告■<後藤徹氏の兄>らの上記主張については採用することができない。
これは、ひとつの文章だ。実に長い。最後の4行 (結論) に至る、経過を示すものなので、一つの文章ということなのだろう。
上記の赤文字部分は、あってもなくても、最後の4行 (結論) 部分には、大して影響がない。なぜ、その箇所 (原告を案じていたことが容易に推察できる) を、判決文に、わざわざ挿入したのか?判決を、より中立・公平な立場とするために、被告の主張を受け入れたのかもしれないし、裁判官は、被告達には、後藤さんを追い出す最後の最後まで、被告ら(兄・兄嫁・妹)の、原告を案じていた気持ちを信じたのかもしれない。
しかし、結論ありきのある意図をもった裁判官であれば、次のような結果はなりはしないか?
「成人男性である原告を長期間にわたって1か所に留めおき,その行動の自由を大幅に制約し,外部との接触を断たせた上で説得を試みることについては,その説得の方法として社会通念上、ある程度、限度を逸脱したものとみざるを得ないが、当時において統一教会について問題のある団体である旨の報道等が広くされており,被告らがそのような統一教会の信者である原告を案じていたことが容易に推察されることを踏まえれば、賠償をもって償われなければならないほどの、不法行為ではないと言える。」
上記、赤字部分は、私が、変えた部分である。もし、裁判官が、そのような結論にもっていこうとすれば、都合のよい被告側の主張を取り入れ、りっぱな作文にしてしまうだろう。
(もう1箇所、慰謝料についての箇所より、出典は上記と同じ)
(ア) 前記のとおり,原告は,被告■<後藤徹氏の兄>らの前記不法行為により,10年以上もの長期間にわたり,その明示の意思に反してその行動の自由が大幅に制約され,外部との接触が許されない環境下に置かれ,その心身を不当に拘束され,棄教を強要されたものであり,そのことにより原告が被った精神的苦痛は極めて大きいものと認められる。
(イ) もっとも,前記のとおり,>被告■<後藤徹氏の兄>らが前記不法行為に及んだのが原告を案ずる家族としての愛情からであることは,容易に推察されるところであるほか,一連の経緯において,原告が身体に対する物理的な拘束を直接加えられた証跡は存しないところであって,慰謝料の算定に当たっては,これらの事情も考慮されるべきである。
この部分は、被告の 「愛情作戦」 が功を奏した箇所である。
被告らの 「愛情作戦」 は、賠償額に影響を与えており、「かなり成功した」 と言っていいと思う。慰謝料の算定に、大きく影響を与えている。もし、私が、被告のサポーターであれば、この 「愛情作戦」 を、もっと、積極的に使っていき、慰謝料の減額、あわよくば、「不法行為はなかった」 と、認定してもらうことを願うだろう。兄・兄嫁・妹の不法行為がなくなれば、宮村に対する、不法行為に ”加担” したとの認定も消えてしまう。
後藤裁判の控訴審は、2014年6月5日(木)である。この 「愛情作戦」 が、どれくらい使われいるのか、ひじょうに興味あるところである。被告らの控訴理由が、裁判ブログにて、アップされるのを期待して待ちたい。
最後に、冒頭で紹介した、「火の粉を払え」の記事 「醜いアヒルの子−家族の愛とは何なのか。」の中の、「判決の評価を含む注解」 の、 「<注解3> 愛情の質について」 を、引用させていただく。
★醜いアヒルの子−家族の愛とは何なのか。 (火の粉を払え)
http://yonemoto.blog63.fc2.com/blog-entry-463.html
(太字、カラー等の強調、リンク、写真までは、再現できていないので、出典元で確認してください。行間等は、このブログのデザインに合わせて、編集してあります。)
<注解3> 愛情の質について
「被告後藤兄らが不法行為に及んだのが原告を案ずる家族としての愛情からであることは,容易に推察される」
この認定に強い違和感を覚えるし、嫌悪感さえ抱いてしまう。
後藤父・母・兄・妹に後藤徹への愛があったのかどうか。
これはじっくり考えてみる必要があるテーマだろう。読者も考えてみてもらいたい。
最初の出発点は、原告を案ずる家族としての愛情があったのかもしれない。
しかし、「家族の愛」とは普遍的で無条件のものである。
子ども(兄弟)が万引きした。人さまを傷つけるような暴力行為を行なった。家族に隠れて援助交際をしている。あるいは暴力団に入った。だから、もう子ども(兄弟)を愛せなくなった。
こういうのを「家族の愛」とは言わない。
こうした愛を、私は「条件付きの愛」と定義づけている。
「条件付きの愛」なる言葉が思い浮かんだのは、エホバの証人を取材していたときだった。
(『カルトの子』のエホバの証人の章を読んでもらいたい)
立派なエホバ二世として育ってくれれば愛するけど、そうでなければ愛せない。
これを「条件付きの愛」と定義したのだが、言葉本来の意味からすれば、決して愛と呼ぶことはできない。
裁判所の認定に戻って考えてみよう。
後藤家族に徹への愛があったかどうか。
統一教会をやめてくれれば徹を愛する。そうでなければ愛さないというものだったのではないのか。徹は父、母の葬儀に列席することすら、許されなかったのだ。
つまり、「自分たちの価値観と同じようになってくれれば愛する」というレベルの“愛”でしかないのだ。
以上の事実認定からすれば、先の判決文「被告後藤兄らが不法行為に及んだのが原告を案ずる家族としての愛情からであることは,容易に推察される」は、次のように改めるべきなのだ。
「被告後藤兄らが不法行為に及んだのが原告を案ずる家族として価値観を同一にしたいという感情からであることは,容易に推察される」
保護説得に失敗した。子ども(兄弟)は統一教会に戻った。でも、私たち家族は子ども(兄弟)を愛している。
そういうケースは寡聞にして知らず、だ。 音信不通になっているケースも少なくない。もしあるとすれば、親がもうろくしたか、老後の面倒を見てもらいたいという本能的な打算 ゆえのことであろう。
後藤家族の場合は、途中から「条件つきの愛」とさえ呼べないことを、息子(兄弟)にしている。
それは、すでに書いた通りの食事制裁(虐待)である。
この見方に反発する読者もいるかもしれない。
ならば、問いたい。
2008年2月11日、徹をマンションから追放したときに、「家族としての愛情」があったかどうか。
12年余にわたって(yoshiさんの表現を借りれば、この間オリンピックが3回開かれていたほどの長さだ)、社会から隔絶した中で生活していた後藤徹に行き場所があると考えて追放したのか。しかも無一文で!
荻窪のマンションから追放された後藤が真っ先に調べたのは、「ここはどこか」だった。
つい、アンデルセン童話の「醜いアヒルの子」を思い出した。(以下、「8月16日の世界の昔話「から引用)
「しばらくたって、やっとタマゴを割って出てきたのは、たいそう体の大きなみにくいひなでした」
「みにくいアヒルの子はどこへ行ってもいじめられ、つつかれて、かげ口をたたかれます」
「はじめのうちはみにくいアヒルの子をかばっていたお母さんも、しまいには『本当にみにくい子。いっそ、どこか遠い所へ行ってくれたらねえ』と、ため息をつくようになりました」(引用終わり)
後藤家族の間で、いつの頃からかはわからないが、徹のことをいつしか「醜いアヒルの子」(自分たちの価値観とは相容れない子、異質物)と思うようになったのではないか。
なお付言しておくが、後藤兄と妹は醜いアヒルからふつうのアヒルになった。これまで4000人以上の教会員が保護(拉致監禁ン説得を受け、3000人が脱会し、1000人が脱会しなかった。1000人は徹と同じ、醜いアヒルの子。3000人はふつうのアヒルになり、親から条件付きの愛を受けているということになる。
狭い法曹界の中だけで生きているエリート裁判官たちが抱く「家族の愛情」観は、実に薄っぺらなもの。吐き気すら催してくる。
それと同時に、イエスキリストの十字架像の前で毎日祈りのしぐさをするような連中が説く「愛」にも嫌悪してしまう。
もし、既成キリスト教会に「真の愛」があるのであれば、「後藤徹の12年余の監禁」に口先だけでもいいから、何らかの声明文を発表してもしかるべきである。
今利理絵やアントール美津子が牧師の清水、黒鳥を訴えたとき、既成キリスト教会は「清水・黒鳥両牧師を支援する」という決議文を相次いであげていたのに。
しかし、今回の後藤勝訴判決には沈黙したままである。正直、気味が悪い。近所の十字架を見るたびに、山崎浩子の本の題名ではないが、「偽りの愛」という言葉が浮かんでしまう。
今回は、被告らの 「愛情作戦」 でしたが、次回は 「検察審査会 議決書 依存論」(仮題) を、来週木曜日 (2014年6月5日) の、後藤裁判控訴審までにと考えています。
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