2014年05月21日

後藤徹さんインタビュー(3): 「本気で私を殺すつもりか」と恐怖感

きょうの記事は、「火の粉を払え」で紹介されている、後藤徹さんへのインタビューの最終回、「後藤インタビュー(下) - 良心を喪失した人たち」 の記事の紹介である。

「火の粉を払え」では、拉致監禁体験者の方々がコメント寄せておられる。アメリカの「秀」さんは、「秀のブログ」 で、感想を述べておられる。拉致監禁体験者の方々のコメントは、体験者でないと、語れないことがあり、とても貴重である。体験者の一言は、非常に重い。私などは、足元にも及ばない。

インタビューに続いて、感想とか、少しだけ、書きたいと思う。

Toru Goto at hospital hands up on wheelchair.jpg
Toru Goto at hospital just after the release (Feb 2008)
Photo from: http://yonemoto.blog63.fc2.com/blog-entry-469.html#comment8460



★後藤インタビュー(下)−良心を喪失した人たち (火の粉を払え)
http://yonemoto.blog63.fc2.com/blog-entry-469.html#comment8460
♤ 兄嫁のヒステリーと兄妹の変貌、
♤殺意を感じた、
♤ マインドコントロール教の信者たち、
♤ 母親の葬儀の参列を拒む、等のヘッダーは省略させて頂きました。
--に続く青色部分 が米本さんの質問部分、それに続く枠内が、後藤さんの応答部分です。適宜、段落分けとか、行をあけたりしました。私が感じたこととか、最後にまとめて書いています。


−−ところで、koyomiさん(裁判ブログの世話人)が語っていたことですが、一番大変だったのは兄嫁さんだったのではないか、と。

なぜなら、兄や妹と違って、兄嫁さんにとって後藤さんはそれほど関係のない人。先の話でいえば、8カ月前に義弟となった人なわけです。付き合いもなかったから、兄嫁さんが後藤さんに兄弟愛のような愛情を抱いていたわけではない。反統一教会のために、行きがかり上、後藤さんを監禁することになった。

監禁から1年もしてまだ後藤さんの脱会の意思がないことがわかった段階で、夫にもうやめよう、義弟のことにはもう関わるのはよして、自分たちの家庭を築いていこうと思ったとしても、当然のことです。

それなのに、夫に引きずられてずるずると12年間。お兄さんは、心酔していた宮村の呪縛から抜け出ることができず、自分の家庭づくりよりも弟の脱会のほうを優先した。兄嫁さんはヒステリー状態になったと思いますが・・・。

陳述書にも兄嫁から受けた数々の仕打ちを書きましたが、確かに兄嫁は恐ろしかった。兄嫁が近くに居るだけで動悸が激しくなるほどでしたから。

ヒステリックになると何をされるか分からない恐ろしさがあった。監禁が長引くと「このマンションを維持するのにいくらかかってると思ってるの!」と非難されました。

そんな非難するくらいならこんなこと止めてすぐに引き払えばいいでしょ、とこちらは言いましたが、全く聞いてもらえませんでした。

兄嫁がヒステリーになると、もう手がつけられない。声は金きり声。目はフォックスアイ。正直、怖かった。

例えば、こんなこともありました。私が座っていると、兄嫁が中に氷と水が入ったボウルを持ってものすごい形相で現れて、私の後ろ襟首をガバッと引っ張り、「いい加減目を覚ましなさいよ!」と背中に氷水を流し込む。

兄嫁の陳述書にも書いてありますが、兄嫁にとっては私が何をやっても不真面目な態度をとっているとしか見えなかったようです。


−−そして、食事制裁に。
私が30日間のハンストをやった後、家族は70日間に亘ってポカリスエットと少量の重湯だけしか出しませんでした。その時の苦しみはもう表現できないほどです。いよいよ餓死の恐怖が迫り、たまらず家族に見つからないようにそっと残飯や生米を食べました。切羽詰まった末、家族に食事を戻すよう頼み込みました。

兄は、さすがにこのまま死なれたらまずいと思ったのか、「もうそろそろ食事を元に戻してもいいのではないか」 しかし、これを聞いた兄嫁は、いかにも残念そうに憮然とした表情で、「えー,信じられない!」
 
この人は、本気で私を殺すつもりなのかと心底恐怖を抱きました。


−−空恐ろしくなるような話です。
30日間のハンストをやった後、結局解放されるまでの約2年間まともな食事を食べさせない仕打ちを受けました。

栄養失調状態が続き食物のことが頭から離れない。その時の家族の雰囲気はもう空気が凍り付いているような感じでした。

元々悪い仲ではなかった兄と妹もここまでするかと。彼らの顔から一切の感情が消え、能面のような表情で私を見る目には憎悪が見て取れました。

いつまでも頑として信仰を棄てようとしない私に対し「自分たちの人生計画が狂ってしまったのはおまえのせいだ」、と目が訴えていました。

家族がここまでするようになってしまったのは、もちろん松永牧師や宮村から指導され感化されたことが大きい。「マインドコントロールされ、別の徹になってしまっている」と思い込んでいたのです。


−−お兄さんたち3人は、後藤さんがマインドコントロールされていたと心から思っていたのでしょうか。そして、そのマインドコントロールを解くのに必死だったのでしょうか。
ええ、そうだと思いますよ。自分たちは統一教会からマインドコントロールされて入信し、活動させられていたのだ、と思い込んでいる。
 
本当は自分で信じて自分の意思で活動していたのですが。とにもかくにも、マインドコントロールの呪縛から解けたのは宮村先生や松永先生のカウンセリングのおかげと思い込んでしまっている。これも本当のところは拉致監禁による強制的な思想矯正なのですが。
 
今でもマインドコントロール論を信奉しているでしょうね。もしそれが間違いだと気付いたら、アイデンティティクライシスになるでしょうね。

兄たちが心底、マインドコントロール論を信じきっていたのは、偽装脱会をした時、真っ先に西田公昭著『マインド・コントロールとは何か』やスティーブン・ハッサン著『マインドコントロールの恐怖』などの本を監禁現場に持ち込み、私に読ませた事実からも分かります。まあ、宮村や松永牧師に指示されて読ませたのでしょうね。「おまえはこのようにマインドコントロールされていたんだよ」と言いたいわけです。
 
何よりも兄が心酔していた宮村がバリバリのマインドコントロール信者です。それは、宮村の共著『親は何を知るべきか』を読めばよく分かります。類は友を呼ぶで兄たちの元信者仲間も、みんなマインドコントロール論を信じていたと思います。統一教会に入信したのを自分の責任では無く統一教会に責任転嫁するのにこれほど都合のいい理論は無いので元信者の皆さんの心にすっと入っていったのでしょうね。彼らの仲間内ではマインドコントロール論に懐疑的になる環境はなかったと思っています。


−−インタビューの最後は寒々とした話になりますが、お母さんの病気、そしてその後亡くなられたことについてです。まず、お母さんが重篤になられたときのことから、説明してください。
2012年5月頃のことです。福本先生(後藤さんの代理人)から電話がありました。

「お母さんが病気で大変らしい。さっき、相手側弁護士から連絡が入った。見舞いに行ってあげたらいい」と。病院名と住所が記されたFAXが送られてきた。

数日後、病院に行き、主治医に説明を求めました。「脳が萎縮している。その上、大腸がんが併発している。意思疎通は難しい状態だ」。この先、長く生きられる可能性は少ないといった説明でした。看護師に連れられ、母の病室に入るとベットに横になっている母の変わりように驚きショックを受けました。

痴呆については、2009年の11月頃の妹からの手紙に結婚の知らせと一緒に「お母さんの痴呆が進んでいます」と書いてあったので、理解していました。そのため、民事提訴の被告から外しました。

しかし、監禁解放後の2008年の7月頃に実家を訪ねたときには、母はそれなりに元気そうだった。そんなわけで、母のあまりの変わり様を見て、心底、驚きました。


−−寒々しい話はまだありますね。
一人で見舞ったあと、日を改めて赤ちゃんと奥さんと3人で見舞いに行きました。母に何としてでも、嫁と孫の顔を見せたかったからです。母が認知できるかどうかということよりも、ともかく、母に見せたかった・・・。
 
宮村や松永の指導があったとはいえ監禁し続けた母に対して許しがたい気持ちは今もあります。しかし、それはそれとして、やはり母が生きている時に孫の顔を見せたかった。母にとって初孫でしたからね。


−−そのとき、妹さんに会われたと聞いていますが・・・。
ええ、待合室に妹がいました。挨拶はしましたが固い表情で、妻と子供を紹介する雰囲気ではなかった。


−−それから、お母さんが亡くなられた。
はい。2012年の9月20日に母が亡くなったことも、やはり、相手側弁護士から福本先生のところにFAXで連絡があって、初めて知りました。それで、急遽、FAXに記された住所を頼りに、電車を乗り継ぎ遺体安置所に行き、母の亡骸と対面しました。
 
翌日、また相手側弁護士からのFAXで「喪主側としては徹氏に葬儀への参列をしてほしくない」という伝言が。監禁中亡くなった父の葬儀にも参加することができなかったので、(うめくように)結局両親の葬儀に参加できませんでした。
(完)
以上で、インタビューの引用終わり。以下は、私の感想とかになります。


★20年経っても消えない拉致監禁の心の傷跡
上記「火の粉を払え」のコメント欄で、「黒い羊」さんが、こう言っている。
http://yonemoto.blog63.fc2.com/blog-entry-469.html#comment_list
「私の母が死んだら、それが私の拉致監禁の終わりです。」

つまり、母が死なないと、私は拉致監禁の可能性がいつまでも無くならない、イコール安心して生活することができない、ということなんです。


(略)

私も、最後の監禁からもう16年ですよ。それで、これまで感じたこともないような怒りの感情が出てきてしまい、自分でも当惑しています。この16年の歳月はなんだったのか。なぜ今になってこんなに腹が立つのか。恐らく、私の監禁に関わった人たちは、もうとっくの昔に忘れ去っていると思います。しかし、私は今、痛切に彼らに 「返せ!」 と叫びたいのです。

koyomi さんは、「黒い羊」さんに、すぐさま、応答した。
私は拉致監禁脱会者ですが、黒い羊さんの心の叫びに共感します。

(略)

私は最初の監禁から20年たちました。
最後の監禁からは19年です。
いい加減、忘れてもいいはずなのに、忘れられません。
やはり、「怒り」はあります。

ブログ主の米本氏は、故宿谷麻子さん、入院中の中島裕美さんについて言及しながら、その二人は、「黒い羊さんに、敏感に反応するはず」 と、コメントされている。

同じく拉致監禁体験者の秀さんは、彼のブログ「秀のブログ」でこう言っている。
http://hydenoshikou.kakuren-bo.com/
母はこう言った。「(弟の居場所を)教える必要がない。」
父と母は別居。(別居して20数年、いい加減離婚したのか?)
誰が亡くなっても連絡こないのは確実じゃないかな。
寒々どころか、読者が凍えるのでこの辺でやめとこ。


拉致監禁事件から、20年経過しても、その痛みは心の奥深くに宿り、怒りは決して消えず、そして、家族の関係は破壊されたままということだろう。全国には、いったいこのような人たちが、どれくらいいるのだろうか?後藤さんの裁判が最高裁まで行って、裁判は終わり、拉致監禁事件がなくなっても、拉致監禁の置いてった問題は、終わりそうもない。

拉致監禁を受けた側には、その拉致とか、監禁の状況からして、選択の余地はなかった。責任があるのは、拉致監禁を主導した側である。これに対しては、どんな言い訳も、言い逃れも通用しない。この 「良心を喪失した人たち」 に、良心が戻る日はあるのだろうか?

★苦しい時は、後藤徹さんの事を思って・・・
後藤さんのことを知るようになってから、私の人生の中で、私が苦しい立場に立った時に、いつも後藤さんのことが頭に浮かぶ。なんか、後藤さんの苦難を利用しているみたいで、申し訳ないのだけれど、本当の事だから、仕方ない。

少なくとも、たとえ、その時点で、自分には乗り越えられそうになく、押しつぶされそうな難しいことであったとしても、私には、外に出かけたり、人と会って話を聞いてもらったり、食べたいものを食べたりする自由がある。後藤さんの完全に自由を奪われた境遇と、私の境遇を比較して、「後藤さんに比べれば、僕の立場なんか、ぜんぜん、比較にもならないじゃん。」 と、いうことになってしまい、「もう少し、がんばってみようか」 と、なってしまう。不思議な縁で知り合った後藤さんに力をもらっている。

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posted by 管理人:Yoshi at 20:26| Comment(1) | TrackBack(0) | 後藤徹氏、インタビュー記事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
<後藤さんのことを知るようになってから、私の人生の中で、私が苦しい立場に立った時に、いつも後藤さんのことが頭に浮かぶ>

確かに、そういうことありますね。
私の場合は、苦しい時というより、日常的に、ですが。

冷蔵庫を開けるとき、カーテンを開けるとき、テーブルに置いているキャンディを見るとき、外の空気を吸うとき、傘をさすとき、そこここの緑や花々を見るとき…。

12年以上にわたって、こういうことがことごとくできなかった後藤さんの苦しみを想像してみます。
可哀想というか、心が重くなります。

後藤さんの受けた傷が癒されることを心から祈ります。
Posted by みんな at 2014年05月22日 08:51
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