2014年06月02日

被告の最終準備書面に16回も出てくる言葉

後藤裁判で、被告である兄・兄嫁・妹による、最終準備書面の中に、16回も出てくる言葉がある。最終準備書面というのは、判決を前に、裁判所に提出する、「最後の文書」 である。最後の文書ということは、選挙で言えば、選挙日前日の「最後の最後のお願い」 である。その文書に16回も出てくるということは、裁判所に訴えたい内容が、そこにあるということである。

後藤裁判において、被告側の、後藤氏の兄、兄嫁、妹による、最終準備書面に、以下のような主張がある。

★後藤徹氏の兄らの最終準備書面より
http://antihogosettoku.blog111.fc2.com/blog-entry-252.html#comment882
原告は,本件において主張する不法行為と全く同一の内容の告訴事実で,平成20(2008)年4月 に荻窪警察署宛に刑事告訴を行い,同告訴は同署で受理された後捜査が行われたが,東京地検は,平成21(2009)年12月9日付で不起訴処分とし,その後,検察審査会 においても,平成22 (2010)年10月6日付で,監禁や傷害行為,脅迫,強要は認められないとして不起訴相当の議決がなされている(乙 イ1号)。

16回登場したというのは、「検察審査会」 という言葉である。後藤徹さんの、12年5ヶ月の監禁からの解放後の、後藤さんの刑事告訴から、民事裁判に至る経過をまとめておきたい。

後藤徹氏、解放後の刑事告訴の経過:
2008年02月10日:12年5ヶ月の監禁から開放され、11日未明、緊急入院、50日後に退院
2008年6月: 荻窪警察署に告訴状を提出
2009年12月9日: 東京地検担当検事、不起訴処分を下す
2010年10月8日: 検察審査会、「不起訴相当」の処分を下す(刑事追求の道が閉ざされる)
2011年1月31日: 損害賠償を求め、民事訴訟を提起
2014年1月28日: 民事訴訟の判決下る

後藤徹さんは、解放4ヵ月後に脱会説得者、家族等を刑事告訴した。しかし、東京地検は、証拠不十分ということで、不起訴処分とした。後藤さんは、検察審査会に、不起訴処分の不服を申し立て、その判断の妥当性の審査を求めた。そして、2010年10月8日に、「検察の不起訴処分は相当である」 との、検察審査会の判断が示された。その判断を示し通知した文書が、議決通知書*である。(*以下、この記事では、単に議決書とする。)

ルポライターの米本和広氏が、ブログ「火の粉を払え」の中で、次のように書いている。

★勝訴判決は「保護説得の抑止力」となるのか?!
http://yonemoto.blog63.fc2.com/blog-entry-452.html
後藤さんの刑事告訴は不起訴になり、検察審査会に不服を申し立てたものの棄却された。それも単純な棄却文ではなかった。後藤さんの訴えを事細かく反論した異例の長文、まるで被告代理人たちが書いたような饒舌文章であった。

【必読文章】「宮村峻・高澤守研究」の16回にも及ぶ連載記事「検察審査会議決通知書を読む」に目を通してもらいたい。

紹介したブログの管理人はめげることなく、徹底的に反論を加えているが、後藤さんの訴えが正しいと確信していた人たちにとっては、長文を前に戦意を喪失した。正直、私もめげた。

後藤徹さんは、刑事事件としての追求の道は閉ざされ、民事提訴を行うことになる。被告等は、検察審査会のその判断、または、その判断の根拠を使わない手はない。冒頭に挙げた例は、被告の兄・兄嫁・妹連名の最終準備書面の、冒頭 「はじめに」 に出てくるものだが、検察審査会の議決書からの引用は、その準備書面全体にわたり、議決書を引用しながら、「原告の供述は信用性が無い」 ことを主張している。具体的には、次に挙げる事項等において、検察審査会 議決書を引用している。
- 1995.9.11の新潟への移動時のワゴン車に乗車する原告の供述に信用性がないこと
- パレス多門の玄関の鍵の状態についての原告の供述に信用性がないこと
- 荻窪プレイスの玄関の鍵についての原告の主張に信用性がないこと
- 荻窪フラワーホームにおいて、原告に脱出する意思が認められないこと
- 3回の断食は拉致監禁に抗議したものではないこと


では、民事裁判の判決には、検察審査会 議決書の引用は効果があったのか? 前述の「火の粉を払え」 で、米本氏は、「不起訴になった案件を覆す画期的な司法判断といっていいだろう。」 と、述べている。

今回の民事裁判の判決で、裁判所が不法行為と認定しなかった、1995年9月11日(新潟への連行)から、1997年12月 (荻窪フラワーホームに移動後しばらく) の期間について、裁判所に認定に、検察審査会の議決書に沿った箇所は見受けられる。しかし、12年5ヶ月のうち、10年以上の期間を不法行為とした民事第一審の判決は、検察の不起訴処分、ならびに、その 「不起訴相当」 との判断を下した検察審査会 議決書の内容を覆した、画期的な例だと言える。


拉致監禁問題を克服したアメリカでは、同一事件で、刑事では 「無罪」、民事では 「責任あり」、の判決が下りた。 「アメリカの拉致監禁問題解決にあたって、ディプログラミングを終結させたのは、刑事裁判ではなく、民事裁判だった」 ということを、アメリカの例を挙げながら、次回の記事にしたいと思う。(このブログの熱心な読者なら、「あー、また、あれか」 と思われるかもしれないが・・・)

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posted by 管理人:Yoshi at 19:01| Comment(1) | TrackBack(0) | 拉致監禁正当化防衛理論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
<米本氏は、「不起訴になった案件を覆す画期的な司法判断といっていいだろう。」 と、述べている>

頼みの検察審査会もコケた。

頼みの山貴弁護士も別の裁判でトンチンカンなことを言い出した。

あ〜あ、被告らは一体、何にすがればいいのか〜。

遅くはない、これまでのウソを認め、「ありのままの姿見せる」「ありのままの自分になる」。これしかないよ。
Posted by みんな at 2014年06月03日 12:30
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