2013年04月10日

原告側、被告側 証人尋問:傍聴記求む

2013-04-11: 追記を最下段に追加

今年、2013年から、後藤裁判での尋問が開始された。3月には、原告尋問が行われた。先日(2013年4月8日)、尋問の第二弾が行われた。原告側から一人、被告側から一人の尋問だった。

その証人尋問について、(前回と同じ方法で、申し訳ないが)統一教会の報道と、やや日刊カルト新聞のエイト君の報道を紹介したい。ここまで、主張が異なってくると、自分で傍聴して、自分で傍聴記を書くしかない。あと、尋問は3回なので、そろそろ飛行機の手配をしたいと思う。

前回は、やや日刊カルト新聞(以下、カルト新聞)のエイト君の記事を先に紹介したので、今回は、統一教会のウェブサイトの記事を先に紹介したい。時間的に先に記事をアップしたのが、統一教会公式サイトの事もあるし、エイト君は、その記事を引用してる部分もあるので。


★「統一教会」公式サイトより:
記事タイトル:後藤徹氏の民事裁判、原告側・被告側双方から1名づつ証人尋問
http://www.ucjp.org/?p=15125
(尋問に直接関係のない、最初と最後の段落はカット)
Mさんの主尋問では、まずMさん自身が受けた監禁説得に関する質問が行われ、宮村氏によってMさんの家族の行動や判断までもが制限されていた事実や、宮村氏が関与する「水茎会」と称する父兄らの会によって、監禁用の部屋が準備されたことなどを証言しました。

Mさんが後藤氏の監禁現場に訪れた場面について、「宮村さんや元信者で囲まれ、後藤さんはうなだれ、彼らに言われるがままでした。元信者たちがニタニタと笑いながら『お前は馬鹿だ。思考停止している』などと後藤さんを中傷する様子は、まるで一人を寄ってたかっていじめる“見世物ショー”のようで嫌でした」と述べました。

主尋問後、昼休憩を挟んで午前と午後とにMさんへの反対尋問が行われました。Mさんは被告側の弁護士らからの質問に冷静に回答。被告代理人らの中には、思うように尋問できず、Mさんに対して声を荒らげる弁護士もいました。

被告側の証人として出廷した元信者のO氏(男性)は、自身も2度の脱会説得経験者で、宮村氏の関与による脱会後、宮村氏の広告代理店で働きながら、後藤氏をはじめとする教会員の監禁現場に足を運び、宮村氏らによる棄教強要に協力をしてきた人物です。

O氏は、後藤氏が監禁下のマンションに留まっていた理由について意見を尋ねられると、「引きこもって、自分なりに(気持ちを)整理していたんだろう」などと証言。さらに、統一教会側が主張する「拉致監禁」は、教会側から連絡の取れない所で行う“ただの家族の話し合いに過ぎない”という被告側の主張に沿う証言を行いました。

原告側の弁護士からの反対尋問では、O氏自身が記した著書から、O氏が宮村氏の会社で宮村氏から理不尽な扱いを受けていたことなどが指摘され、強引な手腕を振るう宮村氏との確執も浮き彫りになりました。

また、監禁下で教会員の脱会を支援していたO氏を含む元信者らは、「(それぞれが)思い思いに(監禁現場へ)向かっていた」とし、宮村氏の指示や関与を殊更に否定しましたが、全般的にO氏の証言は矛盾が目立ち、信憑性を疑われる印象を残しました。反対尋問の終盤ではO氏自身の監禁中の体験について、「(監禁現場から)親が出してくれなかった」とつい口を滑らす場面もありました。



★「やや日刊カルト新聞」のエイト君の記事より:
記事タイトル:“傍聴妨害”との本紙指摘を受け、統一教会が傍聴抽選要員にも傍聴券を配布
http://dailycult.blogspot.com.au/2013/04/blog-post_9.html
(尋問とは直接に関係ない部分はカット)
証人尋問では、原告側証人の現役信者がドアチェーンの位置に関して頓珍漢な返答、教団弁護士も被告側証人の元信者に向かって「バールを持ってる人は普通いない」との不可思議な発言をするなど、統一教会信者以外の傍聴人から失笑が漏れる場面もあった。

◆ドアチェーンが女性信者の身長高(約155cm)の位置に取り付け???   

この日の証人尋問では、保護(本人曰く“監禁”)説得を受け脱会したものの、再び統一教会へ戻った現役女性信者(原告側証人)への尋問が行われた。

統一教会公式サイトでは 「主尋問後、昼休憩を挟んで午前と午後とにMさんへの反対尋問が行われました。Mさんは被告側の弁護士らからの質問に冷静に回答。被告代理人らの中には、思うように尋問できず、Mさんに対して声を荒らげる弁護士もいました」 との記載がされているが、そのような場面はなく、反対尋問中この女性信者は、終始ふて腐れた様な態度で「あ〜」「意味が分からない」と投げやりに答えたかと思えば、訊いてもいないことをダラダラと話すなどしていた。

その主張内容は概ね推測の域を出ず、一旦脱会し信者ではないと主張する時期に清平で仕事の面接を受けた話や証言したドアチェーンの位置(女性信者の身長高)が明らかに不自然なことなどから、事実誤認や記憶の捏造が窺える支離滅裂さが際立った。
 
更に最初の祝福相手である韓国人男性との婚姻無効手続きやその成立時期に関し本人の記憶と現実にかなりの齟齬があることが露呈するなど、非常に思い込みが烈しい人物との印象を与えた。

◆「普通こんなもの持ってない」統一教会弁護士が言い放つ

同じく保護説得を受け脱会した元信者の男性(被告側証人)への反対尋問に於いては、統一教会の福本修也弁護士が、風呂場に閉じ込められた被告(原告の兄)から連絡を受け自宅からバールを持って駆け付けたという証人に向かって

「あなたのアパートにバール、何で置いてあるの?」

「普通持ってませんよ、こんなもの」

「バールを持ってる人は普通いないですよ」

などと不可思議な発言をする場面があった。ドライバーなどと一緒に工具箱に入っていると答えた証人に

「何に使ったの?」「どこで買ったの?」

などと更なる“追及”を続ける福本弁護士。「日本一反対尋問が上手い」と自負しているとされる福本弁護士にしては、庶民感覚の無さを露呈した格好だ。

ちなみに教団弁護士が「持ってる人は普通いない」と言う“バール”だが、記者の自宅には大小取り混ぜ10数本のバールがあり、チェーンや南京錠など簡単に破壊できるほど大きなものもある。記者宅は教団弁護士からすると“普通”ではないようだ。

◆胸を打った証人の発言

マンションに居た当時の原告と会ったという二人の証人、その状況を原告側証人は「監禁」と表し、被告側証人は「引きこもって自分なりに整理している人」と表した。

被告側証人は、主尋問で自身の保護説得時の「物理的に出て行こうと思えば出ていけた」との体験について「統一教会に戻っていたら“拉致監禁”と言っていたと思う」と答えた。

元統一教会信者で家族から保護され説得を受けた過去を持つ被告側証人は「自分を心配してやってくれた」「家族の愛情」について涙声で語り「(その愛情が)伝わったから物理的には出て行けたのに出て行かなかった」「それ(愛情の伝わり)がない人が統一教会に戻った」と話した。

その姿は、教団の“拉致監禁キャンペーン教育”を刷り込まれた傍聴席の末端信者にどう映ったのだろうか?


証人尋問を受けた二人に共通していることがいくつかある。
- 2度監禁されたこと。(被告側は、監禁という言葉は使わなが)2度目で脱会したこと。
- 脱会説得には、兄弟or姉妹が関係している。
- 脱会説得者は宮村峻氏。
- 後藤徹氏の監禁されていたマンションを訪ねていること。

共通していないこともある.
- 原告側の証人は、統一教会を脱会後、再び統一教会の信仰をもったこと
- 原告側の証人の兄弟が、原告側から陳述書を出したこと


統一教会とエイト君の記事で、1箇所だけ、同じことについて言及している部分がある。

エイト君がこう言っている。
統一教会公式サイトでは 「被告代理人らの中には、思うように尋問できず、Mさんに対して声を荒らげる弁護士もいました」 との記載がされているが、そのような場面はなく・・・

一方は、「声を荒げる」といい、一方は、「そのような場面はなく」と、いう。そこは、その中間を取って、被告側の弁護士さん、多少、冷静さを失ったのだろうと想像する。

私は、その裁判を傍聴しておらず、これ以上書くことは辞めておきます。もし、裁判を傍聴された方がおられましたら、是非、裁判の様子をコメント欄で投稿してください。できれば、より具体的に、やり取りの内容まで紹介していただけると、裁判を傍聴していない人にもよく分かると思います。

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2013-04-11: 追記を追加

「拉致監禁被害者後藤徹氏の裁判を支援する会」のウェブサイトで、この記事で扱っている4月8日の証人尋問についての傍聴記が掲載された。尋問の具体的内容まで紹介されあり、上記二つ(統一教会とカルト新聞)では、知ることのできない内容が、述べられており、ここで紹介させていただく。

「脱会説得に応じず、逆に“氏族メシア”として家族を説き伏せるためにマンションに留まり、居直った末にニート化してただの“引きこもり”となった」と主張する被告側に近いカルト新聞のコメントと、「後藤徹氏は、家族らにより強制改宗目的で、監禁されていた」と主張する原告を支援する「拉致監禁被害者後藤徹氏の裁判を支援する会」のコメントが出揃ったことになる。


★「拉致監禁被害者後藤徹氏の裁判を支援する会」のウェブサイトより:
記事タイトル:証人尋問の報告ー追い詰められ涙で訴える被告側証人
http://antihogosettoku.blog111.fc2.com/blog-entry-152.html
4月8日に行われた後藤徹氏の裁判の証人尋問の様子を簡単にご報告します。

まず、原告側の証人であるMK氏(統一教会信者女性)の主尋問から始まりました。時間は、50分間でした。

MK氏自身の2回の拉致監禁体験、原告後藤徹氏の監禁マンションにMK氏が来た時の様子、宮村が家族や元信者を指導・支配して拉致監禁をさせていることなどを、ご自身の体験と弟のMM氏の証言を交えながら話しました。

主尋問でのひとつ印象的な場面は、福本弁護士が「弟のMさんが、あなたに対する保護説得なるものは被告宮村指導による拉致監禁であったという内容の陳述書を書いているのですが・・・」との質問をした時に、山口広弁護士がいきり立って「異議あり!そんなこと書いてないでしょ!」と叫んだシーンでした。福本弁護士がMM氏の陳述書を見せながら説明をすると、まさに、福本弁護士が発言した通りの内容が書いてあったため、山口弁護士は沈黙せざるをえなくなりました。

また、MK氏の場合、偽装脱会ではなく統一教会を完全に離れた立場で宮村一派と接していたので、強制説得により価値観が崩壊してしまった元信者がカリスマ性を帯びた宮村に依存せざるを得なくなること、その結果として宮村とその取り巻き女性元信者達が醸し出す異様な雰囲気の話は、説得力がありました。

続いて反対尋問です。予定時間は、1時間45分。

トップバッターは、宮村代理人 木村壮弁護士(山口広と同じ事務所の30代の弁護士)。MK氏が原告の尋問を傍聴していたことに関して「誰の指示で」「統一教会HPに報告記事を載せることが傍聴の目的だったのでは?」等の質問。MK氏が統一教会の指示で傍聴したと誘導したかったようだが空振り。その後、宮村の指示で家族や元信者が動いていたとの証言を崩そうとして様々な角度から質問するも、崩すことはできませんでした。

2番手は、山口広弁護士。MK氏の経歴に関する質問が続き、特に以下の2点を執拗に質問。
@紀藤正樹弁護士が代理人を務めた婚姻無効訴訟が決着した時期。
AMK氏が韓国語で書いた婚姻無効訴訟に提出した陳述書。

@の質問のねらいは、陳述書との矛盾を突くためで、AはMK氏が「記憶にない」と答えました。

お昼の1時間の休憩を挟んで、引き続きMK氏に対する反対尋問。

3番手は、荻上弁護士。主にMK氏が原告の監禁マンションを訪れた際の施錠の状況や統一教会の問題点に関する質問をしました。

MK氏から統一教会が反社会的な団体との答えを言わせようと執拗に質問をしたため、福本弁護士が「自分の価値観の押しつけだ!」と発言すると、それを受け裁判長が「次の質問に移って下さい」。更に質問を継続しようとするも、福本弁護士からの叱責にあっさり断念。

また、MK氏は後藤氏の監禁マンションの玄関の施錠を見たときの様子をはっきりと証言しましたが、荻上弁護士は、MK氏からは施錠の様子が見えなかったとの結論を導き出そうとして、MK氏を立たせ、身長や施錠の位置など執拗に尋ねる場面もありました。

次の松永代理人、東麗子弁護士と中村周而弁護士がいくつかの質問をした後、山口広弁護士が午前中の反対尋問を受けて弾劾証拠を2通提出しました。MK氏の陳述書に、婚姻無効の裁判が終るまでは解放されなかったとあることと、午前中の山口広弁護士の反対尋問の時に婚姻無効の裁判自体にMK氏は直接かかわっていなかったと証言したことに対して、これを切り崩すために、急遽、取り寄せた証拠でした。

被告弁護人達は、弾劾証拠まで出してMK氏の証言をつぶそうとしましたが、肝心の原告の監禁の事実に関しては全く崩すことができませんでした。

次に、被告側の証人であるOBさん(統一教会元信者男性)の尋問です。

OBさんは、大学4年の時に統一教会に入信。1988年に第1回目の拉致監禁(OBは「話し合い」と証言)をされ、浅見定雄の説得を受けるが偽装脱会により逃走。1996年2月、第2回目の拉致監禁(OBは「話し合い」と証言)を受け荻窪のマンションで宮村の説得を受け同年6月の脱会を決意。1998年に原告がいたフラワーホーム804号室を2〜3回訪れる。2001年頃、宮村が経営するタップに入社。2003年、フラワーホーム804号室のトイレに原告の兄(被告の一人)が閉じ込められた際に連絡を受け、兄を助けたと証言。とある書籍にはOB氏の妹がOB氏の救出手記を載せていて、監禁を示唆する内容が多く記載されていたため、原告側から証拠として提出されています。

原告の説得現場に訪れた被告側証人OB氏の主尋問は、山口貴士弁護士から始まり、続いて山口広弁護士、東麗子弁護士により、1時間ほど行われました。OB氏自身が”保護説得”された時には、拉致監禁でなくいつでも自由に出入りできる状態であったこと、原告の説得現場に訪れた時、監禁状態ではなかったこと、及び原告の兄がトイレに閉じ込められた際にマンションを訪れた時の原告の様子などを証言しました。また、自身に対する保護説得の際には、家族が主体となって保護したもので、宮村の役割は家族が相談してアドバイスを受ける程度だった、などと証言しました。

また、OB氏は山口広弁護士による主尋問に対し証言する中で、原告側から証拠として提出があった書籍中の、OB氏の妹が記した兄(OB氏)の救出手記部分について、記述内容がおおむね事実であることを認めました。

次に原告側の福本弁護士による反対尋問ですが、はじめに職歴を尋ね、被告宮村が経営するタップに勤めていたことを答えると、弁護士の「宮村はどんな人物か」との問に、OB氏はもちろん宮村を褒め称える答えをしました。福本弁護士が「宮村の説得を受けて逃げ帰ってきた人達に聞くと、宮村は強引で横柄なヤツだと言うが?」と問うとOB氏は「それは、統一教会的な見方」と反論。そして、福本弁護士が「タップを辞めた理由は何か?」と問うと、OB氏の表情が明らかに変わり始め動揺の色が見えました。

実は、OB氏は●●●●のペンネームで10冊以上の書籍を執筆、出版していて、その中に、「自身が勤めていた広告代理店のワンマン社長」として宮村のことを書いていたのです。OB氏が自著で書いた宮村像は、一言で言うと「強引で横柄で理不尽なとんでもないワンマン社長」で、OB氏がその広告代理店を辞めた理由についても、社長のあまりの理不尽さに耐えかねて、大喧嘩して会社を飛び出した、といった経緯が詳細に記されていたのです。

福本弁護士がOB氏の書籍を引用して読み上げ、OB氏に突きつけると、被告側席の面々は代理人弁護士らをはじめ凍り付いたような表情になり、OB氏もしどろもどろになりながら「書きましたよ〜」「一面だけを捉えたらだめです」などと弁明。明らかに動揺し、取り繕って答弁していることが明らかに見て取れました。

この最初の時点での動揺が後を引いたのか、その後のOB氏の証言は、自分の証言に対してまで矛盾する答弁を行う場面もありました。「いつ、そんなことを言ったか」と開き直る態度に、福本弁護士から「それじゃあ、後で山口先生から尋問調書を見せてもらって確認して下さい」と言われていました。

拉致監禁の事実はなかったということを証言し続けたOB氏の口から、「親が出してくれなかった」という言葉が発せられたときは、OB氏の動揺が半端なものではなかったことを感じさせられました。

さらに福本弁護士に矛盾点を指摘されても、何が矛盾しているのか自分でも理解できないといったことが何回か見られ、特に福本弁護士が、OB氏の妹の手記を引用しながら、第1回目の「保護」の時は偽装脱会で逃れることができたのに対し、第2回目の「保護」の時は何故偽装脱会しても逃れることができなかったのかと追及したのに対し、答えに窮したOB氏は、正面からは答えず、当時OB氏の家族がいかに深い愛情でOB氏を救おうとしていたかを涙ながらに証言し始め、一時、続けて尋問しようとする福本弁護士の言葉も耳に入らない状況を呈しました。

その様子を傍から見ていると、自身の証言との関係でどうつじつまを合わせるか自分でも分からなくなり、いよいよ追い詰められたが、どうしようもなくなり、遂に事実や理屈ではなく「泣いて感情に訴えるしかない」、との策に出た感がしました。

804号室で原告を見た時の状況についても、自身が署名捺印した陳述書の記載とは矛盾する証言を行い、その点を福本弁護士から指摘されると「(陳述書に)そんなことを書いてあったとは知りませんでした」と発言する始末。

今回の尋問調書も、手に入り次第、当ブログで、掲載する予定です。
すでに、様々なブログで、様々な角度から記事になっているようですが、皆さんが真実を確認する方法は、尋問調書に目を通すことかと思います。


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posted by 管理人:Yoshi at 10:19| Comment(5) | TrackBack(0) | 後藤徹氏 民事裁判 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
ねじまげ傍聴録

統一教会側の傍聴録:<O氏自身の監禁中の体験について、「(監禁現場から)親が出してくれなかった」とつい口を滑らす場面もありました>

反統一教会側(エイト)の傍聴録:<元統一教会信者で家族から保護され説得を受けた過去を持つ被告側証人は「自分を心配してやってくれた」「家族の愛情」について涙声で語り「(その愛情が)伝わったから物理的には出て行けたのに出て行かなかった」「それ(愛情の伝わり)がない人が統一教会に戻った」と話した>

O氏ははたして、出たくても出られなかったのか、出て行けたのに出て行かなかったのか…。
どっちかは180度、ねじまげた傍聴録を書いている、ってことですね。

真実を知るには、尋問録の全文が公開されるのを待つしかなさそうです。
Posted by みんな at 2013年04月11日 08:27
みんなさん、

コメントありがとうございます。

「やや日刊カルト新聞」と、「拉致監禁被害者後藤徹氏の裁判を支援する会」の、傍聴記が出揃ったので、次の記事で相違点をまとめたいと思っています。
Posted by Yoshi at 2013年04月12日 09:53
http://kidnapping.jp/news/20130411.html
「全国 拉致監禁・強制改宗被害者の会」HPにも傍聴記事が出ていましたよ。
Posted by 田中君敏 at 2013年04月13日 11:03
あ、やっぱりご存じでしたね。すいません。。
Posted by 田中君敏 at 2013年04月13日 11:05
田中君敏 さん、

コメントありがとうございます。

「全国 拉致監禁・強制改宗被害者の会」HPの傍聴記のリンクもこのページに残しておきたいと思っていたので、助かりました。
http://kidnapping.jp/news/20130411.html

岩国の監禁事件の続報の更新が終わったら、このトピックに戻って来る予定です。
Posted by Yoshi at 2013年04月15日 17:46
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