2013年02月18日

表現の自由:私にも、私に反対する人達にも。

前回の記事で、アーロン・ローズ博士の「人権の核心は自由」という言葉を紹介した。

きょうは、「自由」とりわけ「表現の自由」について、取り上げてみたい。ローズ博士の2012年8月アメリカ議会でのスピーチの中に自由に関するものがある。ローズ博士は、自由の中でも、表現の自由についてかなり時間を割いている。

aaron rhodes_large.jpg
写真 = アーロン・ローズ博士

今回は、ローズ博士のスピーチの中から「表現の自由」に関する部分を抜粋してみた。

アーロン・ローズ博士 (米)国会議事堂内で「拉致監禁」を訴える
http://humanrightslink.seesaa.net/article/286224977.html
ヨーロッパ人権裁判所、これはヨーロッパ市民を独裁から守り、表現の自由を保護する目的で作られたものですが、「同性愛嫌悪」のパンフレットを配った4名を起訴することは、表現の自由を侵害しないという決定を下しました。

私は、そのパンフレットの内容には同意いたしません。そのパンフレットでは、同性愛は異常性癖だと主張しています。裁判所は、その主張は特定の人々を中傷していると述べました。判決は、冒とく的な言動とヘイト・スピーチ(憎悪発言)についての過去の判例をもとに、下されました。裁判所は、裁判所が「不当に侮辱的」だと考えた言論を保護することを拒絶しました。

裁判所は、ある人々の道徳観を変える権利があると、または、同性愛のような問題について、裁判所の良心を強要する権利があると、結論を下しました。私は、国がそのような権利があるとは思っていません。これは、人権に反する事だと思います。人権を本質的に侵害する人権裁判所が、ヨーロッパにはあるということです。

私たちは、ナチスには賛成していません。しかし、私たちは、彼らに、その間違った見解を表現 する自由はあると主張します。私は、ホロコースト(ナチスによるユダヤ人虐殺)を否定することを禁止する法令には反対しています。人々は、この問題に対し て、間違った立場に立つ権利があります。もし、人々がその間違いによって刑務所に入れられたなら、それは全体主義のようなものです。

ローズ博士は、二つの例を挙げて、自分が同意しない表現の自由も認めている。

このブログでは、拉致監禁グループを激しく批判してきた。しかし、私の同意しない彼らの考えも、彼らによって表現される自由がある。私に対して批判記事を書いたり、私の彼らに対する批判記事に対して反論する自由もある。当然、私にも、彼らの主張に異を唱える自由がある。(たとえ、内容のない彼らの反論であったとしても、私は、彼らの反論の自由は、いつも尊重してきたつもりだが・・・)次の記事を参考にして欲しい。
意図ある意訳は誤訳である:「やや日刊カルト新聞」を評す
私の記事に対し、汚物攻撃をしかけてきた藤倉主筆

ちっぽけな少女の話 - 統一教会、エイト、絵美の両親、そして絵美さんへ、
私のカルト新聞へのコメントを2度にわたり削除したエイト君。でも、そんなことよりも、「絵美ちゃん」は、元気でやっているのだろうかと心配している。


とにかく、ローズ博士が教えてくれたことは、私に反対する意見も、表現される自由があるということだ。表現の自由とは、ある団体や、それに属する人だけにあるのではない。

ちょっと、長くなるかもしれないが、表現の自由が侵害された(または、侵害されかかった)例を二つほど。(長くなるので、枠で囲みます。)
小冊子の無断転載で、家宅捜査?
「やや日刊カルト新聞」の主筆が、2011年9月に、富山県高岡署により、著作権違反容疑の疑いで家宅捜査を受けたことがある。宗教法人「浄土真宗親鸞会」(本部=富山県射水市)が勧誘の際に使用している小冊子のデータを「やや日刊カルト新聞」に無断で全文転載したのが具体的容疑である。

「浄土真宗親鸞会」にとっては、主筆藤倉氏は抹殺してしまいたい存在なのだろうが、自分たちに反対する人々にも表現の自由がある。

小冊子の無断転載で、なぜ家宅捜査を行わないといけないのか、理解に苦しむ。これに関しては、私は、藤倉氏を応援したい。「浄土真宗親鸞会」にとっては、警察権力を使って、黙らせたかったのかもしれないが、言論の自由の抑圧の一種でないかと思う。「浄土真宗親鸞会」が事実でないことで中傷されたなら、名誉毀損で訴えるべきである。(藤倉氏の名誉のためにも言っておくが、この件は、その後、不起訴となっている。)
参考記事:富山県警「やや日刊カルト新聞社」アジトを家宅捜索=著作権法違反容疑

都合の悪いブログを強制移動?
もう、一つ。「我らの不快な隣人」の著者:米本和広氏のブログ「火の粉を払え」で、興味深い記事が続いた。人気ブログ・ランキングを主催している「日本ブログ村」のカテゴリー「統一教会」での出来事だ。ある人々が同意しないブログを、他のカテゴリーへ移動させようと画策し、実行したグループが存在した。具体的には、彼らにとって都合の悪いブログを、カテゴリー「統一教会」から、カテゴリー「統一教会 批判・告発」に移動させ、目立たないところに押し込めようとした。

米本氏は、このことを、「強制移動の本質は異質物の排除であり、具体的に言えば自分たちにとって都合の悪いブログは教会員読者の視界から消えてもらいたいのだなと受け止める。」と表現した。私から付け加えるとすれば、形を変えた表現・言論の自由の抑圧としか言いようがない。
参考記事:ヘドロからの謝罪そして多数のヘドロ被害者たち と、その前後の記事


二つの例をあげたが、表現の自由が侵害された(または、侵害されかけた)例と言えると思う。言論には言論で応えるべきである。

ローズ博士は、拉致監禁問題についての会見で、時間を割いて、なぜ「表現の自由」について語ったのか? その事も含めて、次回は、「宗教の自由」「拉致監禁問題の核心」について、話を進めていく予定。

表現の自由が束縛されれば、
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posted by 管理人:Yoshi at 23:13| Comment(5) | TrackBack(0) | 人権とか、自由とかについて | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
つまり

>カンゴはいかあ〜んご<
と書いたり

>ヘドロの親分<

http://yonemoto.blog63.fc2.com/blog-entry-387.html

このような他人をバカにした誹謗・中傷を「表現の自由」として認めよ・・・と言いたいのか?

私はこのような表現をしていないし、ただ彼らの書くものの捏造性を指摘している。

捏造じゃないというなら、ちゃんと証拠を出せばいいだろうに。

しかし、そんな証拠は無いし、論説では勝てないので、個人攻撃をして誹謗・中傷しているだけだろう。


すでに述べているが、「カテゴリ違い通報システム」は、ブログ村が造ったシステムであり、「カテゴリ違いを見つけたら報せてくれ」と書かれている。それを「現代焚書事件」だとか「スターリンと同じ」とかコジツケているだけなのが、分からないのか?

http://kurokango.blog50.fc2.com/blog-entry-1300.html
Posted by くろだかんご at 2013年03月02日 00:53
くろだかんごさん、

コメントありがとうございます。

「表現の自由」の行使に関して、重要なことがあると思います。3つほど挙げておきたいと思います。(もっと考えれば、いろいろ他にもあるかもしれませんが・・・)

1. 「表現」する媒体が確保され、自由にアクセスできること。基本的に、各自ブログを持っており、表現の場は確保できていると思います。コメント欄の削除とかの編集権は、ブログ主の判断でしょうが、納得いかなければ、自分のブログで、発表してもいいし、今回のくろださんのように、こういう場所で発表することもできます。

2. 自らの同意しない人々の「意見」も、表現の自由があることを認めること。これは、ローズ博士から最近学んだことです。自分の考えに真っ向から対立するブログや著者を抹殺してしてしまいたい気持ちも理解できますが、ローズ博士によれば、だれでも、"間違った考え"(たとえば、ナチスの行為を称えるとか・・・)を表明する権利があります。

3. 片方が、抑圧された立場ではないこと。このブログで扱っている拉致監禁された人達には、力による監禁状態であり「表現の自由」は存在しません。中国の法輪功実践者には、「表現の自由」は保障されていません。


カルト新聞の藤倉主筆やエイト君は、私に対して、いろいろと言ってましたが、彼らにも表現の自由があると思っています。もし、彼らの表現に納得いかないところがあれば、抗議したり、私のブログで、そのいきさつを発表したり、名誉毀損表現が修正されない場合には、最終手段として法的手段に訴えることもできます。もちろん、私に反対する人々も同じ事をするでしょう。

もし、私を批判する権利が、日刊カルト新聞になければ、私が、カルト新聞とか、拉致監禁容認、推進、実行者を批判する権利もなくなります。

以前に、国会議員の有田芳夫氏が、米本和広氏のことを、「統一教会の御用ライター」と書きました。それに対し、米本氏は、アクションを起こしました。

極論としてですが、納得いかないことに対して、徹底して抗議し、反撃する機会が自由が存在すれば、「表現の自由」は保障されていると思います。
Posted by Yoshi Fujiwara at 2013年03月08日 15:15
質問に対してまったく答えていない。

もう一度繰り返すが、

貴兄は

>カンゴはいかあ〜んご<
と書いたり

>ヘドロの親分<

http://yonemoto.blog63.fc2.com/blog-entry-387.html

このような他人をバカにした誹謗・中傷を「表現の自由」として認めよ・・・と言いたいのか?

米本はこう書いている。


これはただの誹謗・中傷であるとは思わないわけか?



Posted by かんご at 2013年03月11日 16:00
質問には答えられないのかな?

イエス  ノウ  

で答えられる簡単な質問である。


その程度の意識ででしゃばるな!!

Posted by かんご at 2013年03月29日 04:12
かんごさん、

はっきり申し上げて、あまりに次元の低いご質問だったので、無視しておりました。

米本氏の、かんごさんに対する記事は、次の5つです。

かんごさんは、「ヘドロ」という言葉がお気に召されていないようですが、以下の5つの記事、どれも、長い記事ですが、「ヘドロの誕生」から始まり、生成期、謀議、ヘドロ掲示板、構造の絵解きなのか、事細かく、記述されています。「ヘドロ」という表現は、ぴったりではないかと思いました。

[2013/01/08]
「統一村」の狂信的な住民の心理的構造
http://yonemoto.blog63.fc2.com/blog-entry-386.html

[2013/01/13]
ヘドロからの謝罪そして多数のヘドロ被害者たち
http://yonemoto.blog63.fc2.com/blog-entry-387.html

[2013/01/20]
蘇生期を 行きつ戻りつ ヘドロかな
http://yonemoto.blog63.fc2.com/blog-entry-388.html

[2013/01/27]
尊師・かんご先生を批判すれば島流しに
http://yonemoto.blog63.fc2.com/blog-entry-389.html

[2013/02/08]
黒田かんご(石原)さんの素顔に迫る。
http://yonemoto.blog63.fc2.com/blog-entry-390.html


かんごさんの反論の記事:

{2013-01-22}
ルポライター の書く嘘
http://kurokango.blog50.fc2.com/blog-entry-1321.html

Posted by Yoshi Fujiwara at 2013年04月01日 20:28
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