2013年02月12日

人権の核心は自由

昨年(2012年)の後半、拉致監禁問題に関して、ヨーロッパを拠点とする二人の人権活動家の活動を、多く取り扱ってきた。一人は、アーロン・ローズ博士であり、もう一人は、「国境なき人権」のウィリアム・フォートレ代表である。

私のブログでは、これら二人のスピーチを日本語で紹介することに、時間を費やしてきたが、今回から、数回に分けて、私が、この二人から学んだことを、書きたいと思う。

私自信、このブログで扱っている拉致監禁問題を知るようになってから3年が経ち、ブログを通して活動を始めてから2年半ほど経過した。この期間、いつも自問していたことがある。

人権とは?」という問いである。グーグルで、「人権とは何か」と入力すると、関係リンクが山ほど出てきて、いくつか覗いてみたが、少なくとも今のところ、私の心にガーンと響くようなものはなかった。

2012年8月1日(水)、アメリカの首都、ワシントンDC連邦議会の一室で、「同盟国での宗教迫害に対するアメリカの対応」というタイトルで会見が行われた。アーロン・ローズ博士が、拉致監禁問題に関連してスピーチを行った。(参考リンク:アーロン・ローズ博士 (米)国会議事堂内で「拉致監禁」を訴える)

aaron rhodes_large.jpg
写真:アーロン・ローズ博士

彼のスピーチを読み、日本語に訳す作業をしながら、ローズ博士のスピーチに、それまでに感じたことのない「何か」を感じた。

ローズ博士は、スピーチの最後に、「人権の核心は自由です。The heart of human rights is liberty.」と語った。

ヨーロッパで活動するアーロン・ローズ博士が、何ゆえ、遠く離れた日本で起きている「拉致監禁」問題に、ここまで、真摯に取り組むのだろうか?ローズ博士にとっては、黙っていることのできない「自由の剥奪」を認識できたからに違いない。

以下、ローズ博士の、「人権の核心は自由です」という、言葉をお借りして、私のコメントを続けたいと思う。

人権の核心は自由」という言葉からすれば、自由を奪うことは、人権を侵害することである。ましてや、物理的暴力、心理的暴力、立場とか位置を使った暴力により、人の自由を剥奪ことは、人権に反するということだ。

本人の意思に反して、その本人の内面(思想、信条、信仰など)の改造・変革のため、自由を奪い、何週間も、何ヶ月も、何年も監禁・拘束(自由の剥奪)することは、人権を蹂躙している。過激派に入った子供であろうが、反社会的行動を行う宗教団体に入信した子息であろうが、親の望まない結婚をしようとする娘・息子に対するものであろうが、本人の自由を束縛することは、人権に反することである。

統一教会の信者であろうが、北朝鮮に拉致された人々であろうが、もし、彼らが、自由を奪われた被害者であれば、自由の拘束という点から見れば、同じ犠牲者である。日本のある政治家に、ある一つの拉致監禁には反対し、別の拉致監禁を黙認している参議員議員がいる。人権問題から見れば、到底、理解できないものである。一つの拉致監禁がひどいというなら、他の拉致監禁も自由を拘束されたという点で、ひどいものである。(関連リンク:統一教会文教祖の死去:有田芳生氏のコメント

「国境なき人権」のレポートの英語版のタイトルは、Abduction and Deprivation of Freedom だが、日本語版では、Deprivation of Freedom が、「拘束」と訳されて、「拉致と拘束」となっているが、「拉致と自由剥奪」と訳して、タイトル全体では、「棄教を目的とした拉致と自由剥奪」にして欲しかった。(まー、拘束されたという事は、自由が剥奪されているという事なんだろうけど・・・)(関連リンク:「国境なき人権」レポート英語版  「国境なき人権」レポート日本語版 )

人権の核心が自由であるなら、人権問題の活動の核心は、自由が剥奪されているかどうかである。

私自身、興味ある分野は、統一教会員に対する棄教目的の拉致監禁問題だけでなく、中国の法輪功とか、チベット問題とかにも興味があるが、このブログで、他のの自由剥奪問題を扱うこともできない。このブログでは、このブログに出てくる関連団体や個人の自由剥奪問題であれば、被害者側であっても、加害者側であっても取り上げて行きたい。 

昨年(2012年3〜4月)のことだが、このブログで、統一教会の家庭内での二世(子供)への虐待問題を扱った。「統一教会二世(子供)の自由が、親により奪われ、虐待されている」と感じたからである。(関連リンク:ちっぽけな少女の話

「人権とは」の問いは、私が、拉致監禁の問題を扱っている限り、これからも、ずっと続くことになると思う。何年か後は、また違う観点が生まれてきているかもしれないが、「人権の核心は自由」という土台からは、外れていないはずである。次は、「自由」について書いてみたいと思う。


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posted by 管理人:Yoshi at 09:17| Comment(1) | TrackBack(0) | 人権とか、自由とかについて | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
<人権の核心は自由です。The heart of human rights is liberty.>

<本人の意思に反して、その本人の内面(思想、信条、信仰など)の改造・変革のため、自由を奪い、何週間も、何ヶ月も、何年も監禁・拘束(自由の剥奪)することは、人権を蹂躙している>

なるほど、ですね。

いまや「拉致監禁など存在しない」という立場で山口弁護士らは裁判闘争をしていますが、いざ、敗訴し、世論から批判の目が向けられるようになると、彼らは手のひらを返して「子供の幸せを思うあまりに親はそういう手段に出ざるを得なかった」という、親の情を盾にして世論に訴えるものと思われます。
親の情(の話)にほだされて拉致監禁に対する容認論が広がるだろうなあ、拉致監禁撲滅運動の前途は多難だなあ、と思いを巡らせていたのですが、このたびのブログを読んで、考えが整理されました。改めて人権問題に対する認識の甘さを思い知らされました。

自由を奪った上での“話し合い”は人権蹂躙である!
人権蹂躙しながらの“親の愛情”などは成立しない!

真の自由を獲得するため、認識を新たに頑張りたいと思います。
Posted by みんな at 2013年02月14日 08:26
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