2010年12月18日

アメリカのディプログラミングの盛衰(2)

毎年、この季節になると、私の働いている会社の親会社(ブリスベン)のクリスマスパーティーに呼ばれ、今年も行ってきました。この数日間は、拉致監禁の作業は行わず、休養をとって英気を養うことに集中しました。昨日は、ブリスベンからフェリーで1時間半のところにあるレゾートアイランドで一日を過ごしました。帰りの船の中、客室から外に出て、潮風にあたり、地平線を眺めながら、拉致監禁の被害に遭った人たちのことを思うと、現実に引き戻され、ちょっと深刻になりました。

さて、前回の続きで、ダン・フェファーマン氏のレポートです。この記事を、始めて見られる方は、カテゴリーのアメリカのディプログラミングの盛衰をクリックして、同じレポートの他の部分も参考にして下さい。

今日の翻訳記事は、「アメリカにおけるディプログラミングの始まり」の前半部分です。翻訳記事中の赤字部分は、私が付けました。



出典URL:http://www.religiousfreedom.com/index.php/index.php?option=com_content&view=article&id=483:the-rise-and-fall-of-deprogramming-in-the-united-states&catid=47:deprogramming-issues

原文と日本語訳 
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A. The Origin of ‘Deprogramming’ in the United States
A. アメリカにおけるディプログラミングの始まり

In spite of both international commitments and clear judicial precedents based on the First Amendment’s, thousands of individuals in the United States were subjected serious abuse when exercising a most basic human right -- the right to change or adopt a different religious belief from that of their family of origin.[1] During the 1970s and 1980s some government officials at the local level even lent state power and authority to faith-breaking.[2] As in Japan, many prosecutors and courts turned a blind eye to this obviously criminal conduct – including such felonies as assault, battery, kidnapping, and false imprisonment – when young people, even though of legal age, embraced a religious belief contrary to the wishes of their parents.

国際的責任と(米国憲法)修正第1条に基づく明らかな判例にかかわらず、アメリカでは、最も基本的な人権の行使 −- すなわち、家族の元来もってきた宗教とは別のものを選択する権利の行使において、何千人という人々が深刻な虐待を受けてきた。[注1] 1970年代から1980年代において、ある地方政府の役人は、強制改宗に対し、力と権威を与えていた。[注2] 日本でも同じように、多くの検察官と裁判所は、成人した若者が家族の希望に反して、ある宗教的信念を持った時、明らかな犯罪行為である暴力、暴行、誘拐、監禁等の重罪に対し見て見ぬふりをしてきた。


Ted Patrick, who has been called the “father of deprogramming,” began investigating a religious group known as the Children of God in 1971. He concluded that it was his life’s mission to bring people out of what he called “cults” and “pseudo-religions.” Because these groups often involved strong communal lifestyles, Patrick believed that the only way out for such people was to be forcibly removed from their communiti es so that he could bring them back to “reality.” To justify this action, he claimed that the devotees of these religious groups we no longer able to exercise their free will, and had been “programmed” by their leaders through “mind control.” He thus coined the term “deprogramming” to describe the process by which he “liberated” believers by kidnapping them, holding them against their will in secret locations, and criticizing their religious beliefs and practices until they succumbed to his pressure and agreed to leave their groups.

テッド・パトリックは、ディプログラミングの父と呼ばれてきたが、1971年に「神の子供たち」として知られる宗教グループの調査を始めた。彼は、カルトまたは疑似宗教と呼んだグループから人々を取り戻すことを彼の人生の使命と結論付けた。これらのグループは、たびたび共同生活の形式をとっているので、パトリックは、そのような人々を取り戻すことは強制的にその社会から分離させ、現実に戻させるしかないと信じた。この行動を正当化するため、彼は、これらの宗教グループの信者は、彼らのリーダーから「マインドコントール」を受け、「プログラム」されてていて、もはや彼らの自由意志を行使できないと主張した。そうして、彼は、「ディプログラミング」という新しい言葉を作り、信者の意志に反し拉致・誘拐し、秘密の場所に監禁し、被害者が圧力に屈し、そのグループを離れると同意するまで、その宗教の教えと実践を批判し、信者を「解放」するその手法を「ディプログラミング」と表現した。(赤文字は管理人=訳者による)

[注1] The freedom to change one's religion, to adopt a religion, and to have a religion or no religion without coercion is a universal human right guaranteed by international standards. See Human Rights Committee, General Comment No. 22 (48) (art. 18), U.N. Doc. CCPR/C/21/Rev.1/Add.4 (1993); Arcot Kreshnaswami, Study of Discrimination in the Matter of Religious Rights and Practices, U.N. Doc. E/CN.4/Sub.2/200 Rev. 1, (1960).

[注1]改宗すること、入信すること、宗教を持つこと、持たないことは国際基準により保書された基本的人権である。(後半は文献の紹介)

[注2] There were several attempts by state governments to pass laws making deprogramming legal. New York was the first state to propose a deprogramming bill in 1981. It based both houses of the legislature but was vetoed by then-Governor Hugh Carey. Similar attempts to legalize deprogramming also met with failure in Kansas, New Jersey, Nebraska, and Maryland.

いくつかの州政府により、ディプログラミングを合法的なものにしようとする試みがなされた。ニューヨーク州は、ディプログラミング法を提案(1981年)した最初の州となった。両議会を通過したが、その当時のヒュー・ケアリー州知事が拒否権を行使した。ディプログラミング合法化のための似たような試みが、カンザス州、ニュージャージー州、ネブラスカ州、メリーランド州でもなされたが、廃案となった。
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原文と訳終了


ここからは、訳者(管理人)のコメント:
上記の赤字部分は、私が付けたが、そこを読んだ時、このレポートを日本語に訳して紹介したいと思った。英語では "justify" となるが、日本語では、自己正当化となる。人が何らかの行動をする時、その行動が、日常ではあまり起きない行動とか、珍しい行動の場合、まず、自らの頭の中でその行動を正当化して、理論づけないといけない。で、ないと、仲間・同志を得る事ができないばかりか、自分自身の中で、なぜ、そんなことをしないといけないのか、動機付けができない。

私が、オーストラリアに来て、ある会社に入って、1年か2年経った頃、賃上げ交渉を行った。その時に、まずボスに言われたことは、"How do you justify it?" (賃上げを、どう正当化するのか?)だった。そういう場面では、証拠を示して、理論的に説明できないといけない。こんな事でも、正当化しないといけないのである。

普通では決して起きないし、ましてや、宗教的拉致監禁の犯罪行為をする場合、完全無欠な自己正当化理論が必要である。この記事のここまで読んで頂いた方には、もうこれ以上書かなくても、マインドコントロール理論こそが、自己正当化理論のもっとも重要な箇所であるというのは、お分かりであると思う。

上記、翻訳記事の赤字部分を読んで、あまりにも、端的に言ってくれているので、赤字にした次第である。しかし、テッド・パトリックの自己正当化理論、すなわち「マインドコントール → 頭脳がプログラムされている → 自由意志を行使できない → 彼らの意志に反して監禁 → ディプログラム → 解放」は、基本的に、今も日本で使われている理論と同じである。米本氏のブログに「統一教会信者はロボットなのか?」という、興味深い記事がある。ここを読んでいるあなたは、すでに米本氏にその記事は読まれたと思うが、もう一度読んでみて欲しい。

ディプログラミング Deprogramming という言葉はうまく作られていると思う。code(暗号化する) - decode(暗号をとく)、rail (レールを敷く) - derail (脱線させる)とか、deが付くと、反対の作用をさせることになる。「プログラムされたんだから、ディプログラムしてもとに戻せ」ということなんだろう。でも、人間は、機械でもないし、コンピュータのプログラムでもない。ディプログラムにより、人の心を変えようとすると、あまりにも深い「心の傷」ができてしまう。

きょうは、たった2段落を訳しただけだが、こんなことを考えた。

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この記事へのコメント
 私も初めてディプログラミング Deprogramming という言葉を知り、英語の辞書を引いたときには、ドキドキした覚えがあります。どんな風にして、プログラムを解くのだろうか、と。
 ところが、『アメリカの新宗教事情』『新世紀の宗教』で実態を知ったときには、鼻白んでしまいました。まるで、詐欺用語だと怒りさえ覚えた。

 日本では「保護説得」。俗耳には入りやすいけど、ちょっと立ち止まって考えると、変な造語ですよね。

 価値中立的に考えれば、ディプログラミングも保護説得も、「拉致監禁し監禁下での脱会説得」、縮めていえば「強制説得」と表現すべきだと思います。
Posted by 米本 at 2010年12月20日 15:09
私も辞書で調べて見ました。研究社の新英和中辞典3版(1971年)では、deprogram という言葉は載っていません。

同じ辞書の、6版(1994年)には、「信念・信仰を(強制的手段で)やめさせる」とあります。括弧内ですが、「強制的手段」という言葉を使った研究社の人たちは、えらいと思います。

他の辞書も調べてみましたが、「信念を捨てさせる」とか、中には「目覚めさせる」というのもありました。

やはり、deprogram は、強制とか監禁下というのが、重要な事ですよね。
Posted by Yoshi at 2010年12月22日 08:10
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