2014年02月27日

エイト君の最後の拠 (よ) りどころ:「拉致監禁キャンペーン」

「やや日刊カルト新聞 (以下、カルト新聞) 」のエイト君が、後藤裁判の判決について、二度にわたり記事にしている。
★2014年1月29日(水)
統一教会“拉致監禁キャンペーン裁判”で東京地裁が損害賠償一部認定の判断、被告弁護人は会見で「事実誤認の多い不当判決」

★2014年2月9日(日)
“拉致・監禁”は認定されず、キャンペーン失敗の後藤事件地裁判決は統一教会サイドの実質敗訴か

カルト新聞のエイト君や藤倉主筆が、拉致監禁問題を扱う時、必ず、頼りにしなければならない、「考え方」 がある。キーワードは、「拉致監禁キャンペーン」 である。彼らが、拉致監禁問題を扱う時には、必ず出てくる。まるで、それさえ言っておけば、大義名分が立ち、彼らの主張がまかり通るかのように・・・
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posted by 管理人:Yoshi at 21:02| Comment(7) | TrackBack(0) | 拉致監禁正当化防衛理論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年02月17日

後藤裁判の判決:最大の問題点 - しぶしぶの同意と偽装脱会の扱い

首の皮一枚で繋がった(助かった)松永堡智(やすとも)牧師

1月末の記事 「後藤裁判判決の意義 - 宮村峻の責任を認めた画期的判決」 で、宮村峻の責任を認めた画期的判決であることを書いた。今回の記事では、問題点を書いて見たい。

最大の問題点は、1995年9月11日の拉致から、1997年12月末までの、2年数ヶ月の期間に対し、「被告等の不法行為はない」と、裁判所が判断したことだ。これにより、松永堡智(やすとも)牧師は、首の皮一枚で助かった。

事件の経過を、もう一度、そして、ちょっと詳しくまとめてみた。
1995年9月11日:東京の両親宅で拉致され、新潟のパレスマンションに連行され、監禁される
1997年6月22日:亡き父と対面のため、父宅へ、そのまま、東京の荻窪プレースに連行される
1997年12月末:荻窪フラワーホームに連行される。その後、間もなく、偽装脱会だったことを告白
1998年1月〜9月: 宮村峻が脱会説得に頻繁に現れる。
1998年2月か3月頃:松永が宮村と共にアパートに現れる(松永は一度だけ)

2008年02月10日:12年5ヶ月の監禁から開放され、11日未明、緊急入院、50日後に退院


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2014年02月04日

YAHOO FINANCE(英字):後藤徹氏の判決を伝える

2014年1月28日の後藤裁判の判決について、海外のメディアが報じている。アメリカ統一教会がメディア・リリースした記事である。Yahoo Finance等のニュースサイトで掲載されている。Google で、その記事のタイトル Tokyo Court Rules in Favor of Unificationist Held Captive で検索すれば、たくさんのサイトがヒットする。 

ワシントン・タイムズ(統一教会が1982年創設)も、Japanese man wins landmark lawsuit on religious oppression (日本人男性、宗教抑圧問題で、画期的勝訴)と報じている。こちらの方は、米本和広氏の「火の粉を払え」で、その読者の暗在翔子さんが日本語訳をされているので、そちらを参考にして欲しい。

このブログでは、アメリカ統一教会発表したプレス・リリースの方を、まず取り上げたい。(ワシントン・タイムズの記事はすでに日本語訳が出ているので。)

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posted by 管理人:Yoshi at 20:51| Comment(5) | TrackBack(0) | 後藤徹氏 民事裁判 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年02月02日

第四回 荻窪・松濤ウォーク、判決日、そしてお墓参り

2014年1月28日の後藤裁判の判決を目撃するため、1月27日(月)早朝、成田に到着。その午後に、後藤さんが生死を賭け自由を求めて歩いた、荻窪から松濤二丁目までの10キロを歩いた。私としては、これで四回目のウォーク。初回の2011年4月は一人で歩いたが、二回目以降は、毎回、いろんな仲間が入れ替わり、一緒に歩いてくれた。

今回は、国際色豊かに、私を含めて3名全員が、(日本から見て)海外永住している人たちだった。アメリカから二人(うち、一人はミツコ・アントールさん)、オーストラリア(私)一人というメンバーだった。その翌日、28日(火)は、後藤裁判の判決日。29日(水)には、宿谷麻子さんのお墓参りをして、東京での予定を終えた。

今回は、写真を使って、その3日間をお伝えしたい。

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posted by 管理人:Yoshi at 07:33| Comment(4) | TrackBack(0) | 荻窪・松濤 Walk | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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