2011年08月25日

日本のディプログラミング:国家(政府)による社会統制(前半)

ネバダ大学(ネバダ州リノ市)の ジェームズ・リチャードソン (James Richardson)法律学教授が、今年(2011年)2月12日付けで、彼のディプログラミングについての論文を、法律専門誌Crime, Law and Social Change(犯罪と法律、そして社会変革)に寄稿した。その論文は、2010年4月8日に、多文化オランダ協会の後援を受けた「犯罪組織からの脱出」をテーマにしたアムステルダム大学(オランダ)での会議でのプレゼンテーション用に準備されたものだ。

wikipediaによれば、リチャードソン教授は、マーガレット・シンガーの提唱したマインド・コントール理論に対する科学的批判者である。
http://en.wikipedia.org/wiki/James_T._Richardson

今回のリチャードソン教授の寄稿論文の全文はインターネットでは公開されていないので、2000円程度だが、その論文を購入した。ワードにして17ページくらいの論文で、本日のブログ記事はその論文の要約であり、今回はその前半。

このブログ記事のタイトル、「日本のディプログラミング:国家(政府)による社会統制」は、その論文の内容をもとに、私が付けたものだ。その論文発表後(2010年4月発表)の動きを見ると、一般大衆が気づかないように、すでに国家の干渉の度合いが大きくなって来ていることがわかる。

その記事に入る前に、リチャードソン教授のディプログラミングに対するとらえ方の説明をしたい。リチャードソン教授は、ディプログラミングを単に、拉致・監禁による強制脱会説得工作のみだけでなく、もっと広い意味で、人の思想・信教を強制力をもって変えさせ、その組織・団体から脱会させる方法を、ディプログラミングとしている。たとえば、中国政府によるFalun Gong(法輪功)への抑圧は、政府によるディプログラミングとしており、彼の論文では、かなりのページ(日本に関する部分の2倍)を使い説明している。



記事タイトル:Deprogramming: from private self-help to governmental organized repression
タイトル日本語:ディプログラミング:民間の自助救済から、政府の組織的抑圧まで、政府の関与の度合いに応じて4つのタイプ
出典URL:http://www.springerlink.com/content/1x542703g1603643/ (ウェブ上では記事の紹介のみ)
記事の日付:2010年4月8日発表、2011年2月12日オンライン掲載
日本語訳&要約: by Yoshi


はじめに:ディプログラミング - 政府の関与4つのタイプ

人々はどのように人気のない新宗教団体から離脱していくのだろうか?離脱には、3つの方法がある。

1. 自主脱会
2. 組織による除名・除籍
3. 外部組織による抽出(引き抜き)= ディプログラミング

ディプログラミングは、政府の関与の度合いに応じて、連続性をもった4つのタイプに分けられる。
 
ディプログラミングにおける政府の関与:4つの理念型(りねんけい:注1

1. 個人・民間による自助救済(政府の関与無し)

2. 権力(政府)からの非公式な協力を受ける自助救済

3. 権力(政府)からの極秘だが、直接的な働きかけ

4. 権力(政府)による公然で、合法的抑圧

1→2、2→3、3→4へと向かうほど、ディプログラミングにおける政府の関与が大きくなる。


4つの理念型の両極端である1番と4番について説明し、その後、中間に位置する2番と3番を説明する。


1. 個人・民間による自助救済について

まず、最初の自助救済努力であるが、完全に民間で行われるもので、政府または、政府関連組織からの協力はない社会統制努力である。これらの努力は法的制裁ではなく、彼らは実質、社会に存在する法律を犯している。

Donald Black氏は、ほとんどの社会統制は、ある道徳的罪が、そのグループがどう見るかにより、みずから制裁を下す「自助救済努力」であるとしている。人気のない宗教団体に加入することは、時として罪(悪い事)とみられる。民間による自助救済手段のディプログラミングは、この状況に対応するために発展した。

4. 権力(政府)による公然で、合法的抑圧

これは、4つの理念型で、政府の関与が最も高い位置にする政府による抑圧である。政府の信じる正しい信念・行動の正式見解を強要する社会統制手段である。これらの政府の行動は、強制的で、暴力的でもあり、政府の認可しない団体への加入・参加を制止させる行動である。標的にした運動・団体を非合法にすることにより、このような努力は、法律的制裁として行われる。中国のFalun Gong (法輪功)への抑圧は、この例と言える。


ディプログラミングの政府(権力)の関与においては、この両極端(上記の1と4)の間に位置する多くの例がある。

2. 権力(政府)からの非公式な協力を受ける自力救済

たとえば、多くのディプログラミングにおいて、ディプログラマーの行動は、法律や憲法に違反しているかもしれないし、権力者は何が起きているか気が付いているかもしれない。しかし、権力者がディプログラマーと同じ価値・信念を共有するならば、権力者は、今、起きている法律違反を無視するかもしれない。さらに、起きていることに協力さへするかもしれない。このように、自助救済としてディプログラミングと、政府組織により実行されるディプログラミングの明確な境界線(理念型の1と2の間の境界線)は時として曖昧である。

3. 権力(政府)からの極秘で直接的な働きかけ

もう一つの例として、政府機関が運動・団体に対して社会統制を、一般には知られないように、極秘に行おうとしている状況がある。あからさまに参加を思いとどめさせたり、メンバーがその団体から退会すべきと、さまざな方法を使い説得したりする多くの例がある。



アメリカにおけるディプログラミングの歴史

ディプログラミングとは、アメリカにおいて1970年代初期に作られた言葉で、民間の自助努力活動を意味した。人気のない新興宗教の信者が暴力的にグループから連れ出され、監禁され、過激な再社会化の過程を強要され、それにより、そのグループを去ることに同意させられていくものだ。この方法は、1970代から1980年代はじめにかけてたびたび使われ、何千名というアメリカの青年がディプログラミングを経験した。

ディプログラミングという言葉はそれ自体ですでに意味をなしている。というのは、ディプログラミングは、「最初の過程で、ある組織によりプログラム処理されている」という意味を含んでいる。そして、その最初のプログラミングを行った組織は、何かしら間違っており、邪悪であり、破壊的だということを明らかに暗示している。そのディプログラミングという言葉の発明は、不人気な宗教団体と闘っていく上で、絶妙にその意味合いを説明している。カルトに対する敵意から作られた言葉が、「洗脳」と「マインドコントロール」の主張とうまくかみ合っていった。このように、新興宗教に対して、非常に否定的な見識がアメリカや他の国々で作られていった。その見識は、実質、主導権を握り、新興宗教に対する社会統制を実行する上で、強力な社会的武器となっていった。

ディプログラミングは民間の自助救済と言える。なぜなら、アメリカ連邦政府も州政府も、宗教団体を公式に統制することには、力を限定されているためだ。もちろん、多くは、政府職員や機関により、非公式に力の行使が行われたが、米国憲法修正第1項は、政府の公然で直接の干渉を不可能にしている。従って、家族の願いに反してカルトに入会した若い人々の問題の解決手段(政府は問題解決のために干渉しない)として発展してきたディプログラミングの隆盛は、ディプログラミングの民間の自助救済努力の概念うまく説明している。

何千名という若い青年男女が、通常の、そして期待された社会的位置を離れ、新興宗教団体の啓蒙する道と活動に従っていった結果として、アメリカのディプログラミング産業は急激に発展した。この若い青年層は、典型的に中流階級かそれより上でり、比較的教育を受けた人たちだった。彼らは比較的裕福な階級であったので、家族は子供達を元の場所に戻すことに積極的に(経済的に)追求することができた。子供が新興宗教に加入した裕福な家庭が、アメリカのディプログラミング産業の発展に寄与した。

ディプログラミング産業は、広い意味での反カルト運動の一部であった。反カルト運動には、幻滅を感じた元メンバー、子供をカルトに奪われた両親、カルトに信者を奪われている感じている既成宗教、またユダヤ人コミュニティ等が参加してる。いくらかの心理学者、精神科医、法律学者等も、ディプログラミング運動の正当化に大きく貢献した。

ディプログラミング産業には、ディプログラミングを行う人と、それに協力する人からなっている。ディプログラミング目的で拉致した人を送る施設も作られ、支払い能力のある両親によって、子供達が送り込まれた。時として、ディプログラミングは法的権利があるかのごとく起こされた。ある判事は、時として、心的能力の退化した老人の面倒を見ることを目的に作られた法律を使い、両親に子供の後見人管理権を与えた。

後見人管理権を与えられた両親は、取締機関の職員やその手続きを使い、子供達を保護し、ディプログラミング施設に送ったり、精神病院に入れることもできた。しかし、裁判所は、アメリカ市民が享受できる憲法的保証に敏感になり、すぐにこのような判決は疎んじられるようになった。1977年のカリフォルニア州の、統一教会メンバーのキャッツ(Katz)裁判は、先導的な判決であったが、他にも、似たような判決はあった。

ディプログラミングの一連の行為の重大な特徴は、法執行機関と裁判官までもがディプログラミングについて知っており、その行為を認めてきたことだ。それは、起きている事件に対し、公式に容認するか、あるいは、見て見ぬふりをするかのどちらかである。ディプログラミングはたびたび、司法職員により、家族の問題と見なされ、法体系の干渉を受けることができなかった。すでに成人した男女であっても、そして米国修正憲法第一項の信教の自由条項があったとしても、その「家族の問題」との見解は法システムにより採用されていった。州政府にも連邦政府にもそのような信教の自由を奪うディプログラミングに対処する法律があるにもかかわらず、何千というディプログラミングがアメリカで起きた。

アメリカにおいては、カリフォルニア州のKatz裁判のような重要な裁判判決が訴訟の流れを変えるまで、ディプログラミング運動は20年間続いた。この裁判は、拉致監禁され、ディプログラミングを受けた統一教会の青年信者が起こしたものであるが、このような行動(ディプログラミング)に関する法的問題点を明らかにし、ディプログラミングを行っている人々は、アメリカ合衆国のさまざまな法律に抵触する可能性を示唆した。そして、ディプログラマー・両親に対し民事訴訟を起こし勝訴するケースも出てきて、ディプログラマーや、それを支援する組織は、別の方法を考えざるを得なくなってきた。ディプログラミングは、アメリカ社会における信教の自由等の重要な価値観とは相反するものだという意識の高まりによって、ますます多くの司法判断が下され、アメリカにおいては急激なディプログラミングの減少をみた。ディプログラミング産業において、合法的、そして公共の環境に適したものへと移行が行われ、ディプログラミングは、より物理的拘束のない退会カウンセリングへと道を譲っていった。

ディプログラミングとその実践者は、完全にいなくなったわけではないが、アメリカではほんのわずかなディプログラミングのレポートしかない。しかし、その産業は他の地域、特に日本で発展していった。日本では、新しいアイデアを取り入れながら発展してきた。次に、日本のディプログラミングの状況をみていきたいと思う。

(注1) 理念型 (りねんけい= ideal types) 特定の社会現象の論理的な典型をあらわす概念 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%90%86%E5%BF%B5%E5%9E%8B
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(前半終了)


ここからは、訳者、管理人による記載。

後半は、次のようなサブタイトルが続く。中国の例は、日本の例の2倍のスペースで書かれていて、中国の部分は、省略させて頂くかもしれない。

- 日本におけるディプログラミング:非公式ではあるが、権力公認自助救済
- 政府機関の極秘行動によるディプログラミング
- 国家によるディプログラミング:中国の例
- 結論




さて、リチャードソン教授のいう4つのタイプ、もう一度書くと次のようになる。

1. 個人・民間による自助救済(政府の関与無し)

2. 権力(政府)からの非公式な協力を受ける自助救済

3. 権力(政府)からの極秘だが、直接的な働きかけ

4. 権力(政府)による公然で、合法的抑圧


拉致監禁を受けていると思われる被害者の婚約者が警察に助けを求めるが、警察は動かない。誘拐現場で目撃者が警察に連絡し警察が急行したが、「家族の問題」ということで、被害者の要求は無視された。監禁現場まで知りながら、または監禁現場を訪ねているにもかかわらず、被害者が救出されなかった。

このような例は、私よりも、ここまでこの記事を読んでくれた読者の方が詳しいと思う。「警察が拉致監禁を知っていながら何もしない」または、「見てみぬふりをする」これらの例は、権力からの非公式な協力を得ている場合である。少数ではあるが、警察によって解放された例もあるが、大半は、警察が介入すれば、拉致監禁犯の都合のいい方法で解決されてきた。これらは、上記の2番に該当すると思うが、もし、日本の警察が組織的に拉致監禁犯を逃しているなら3番ということもあり得る。リチャードソン教授も言っている通り、その境界線はあいまい(blurred) である。


後藤徹氏の12年5月に及ぶ拉致監禁で検察は不起訴とした。宇佐見事件では、もし、ストーカー行為ならまず警告すべきなのに、いきなり逮捕され4ヶ月近くも(法定刑は懲役6ヶ月、または50万円以下の罰金)拘束された。両者の共通項は、拉致監禁が関係しているということ。どちらも、ディプログラマー側に有利な決定である。これらは、国家からのディプログラミング行為への干渉(不干渉)が、一般には知られないような形で、より直接的になっているということではないだろうか?上記の事例は、リチャードソン教授がその論文を発表した後に起きたことである。上記のタイプでは3番に該当すると思う。

では、その次はどうなるのか?2番から3番へと移行してきたのだから、限りなく4番に近づき、たとえ、統一教会に対する国の抑圧が始まったとしても、まったくの前兆のなかった出来事ではないのかもしれない。

今回のブログ記事のタイトルは、「日本のディプログラミング:国家(政府)による社会統制」としたが、もう一つ、考えていた題名は、「日本のディプログラミング:国家からの抑圧の半歩手前」というものだった。今年に入ってからの事件を追ってみると、まったくの妄想ではないかもしれない。


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2011年08月03日

魚谷論文:日本における「青春を返せ」損害賠償請求裁判と強制脱会との関連

<2011-08-21 追記を追加:最下段>

2011年6月下旬に台湾の真理大学にて、CESNUR(Center for Studies on New Religions = 新宗教に関する国際的研究機関)の会議が開催され、日本のディプログラミング(拉致監禁・強制説得)という分科会が設けられた。その分科会のスピーカーの一人である、魚谷俊輔氏が、「日本における"青春を返せ"損害賠償裁判と強制脱会との関連」というタイトルでプレゼンテーションを行った。

魚谷氏の英語で発表されたこの論文がCESNURのウェブサイトに掲載されたので、日本語訳にしてお届けしたい。

出典元URL: http://www.cesnur.org/2011/dan-cyberpro.html(下から5番目の論文)
会議参加者の写真: http://www.cesnur.org/2011/dan-gallery.html
日本語訳:Yoshi (グラフ等は出典元を参考にして下さい。)


ここから、日本語訳
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2011年CESNUR国際会議
日本における「青春を返せ」損害賠償請求裁判と強制脱会との関連
Shunsuke Uotani
Universal Peace Federation - Japan


家族・親族や脱会カウンセラーと呼ばれるプロの改宗家によって行われる、統一教会メンバーに対する拉致監禁事件は、監禁から逃走してきた被害者の証言により明らかになってきた。それらの事件のいくつかは、被害者が、拉致監禁を実行した親族、反統一教会牧師に対して起こした民事裁判の中でも解明されている。例として、富澤裕子(ひろこ)は2002年に、寺田こずえは2004年に勝訴している(注1)

しかしながら、統一教会に反対するキリスト教牧師、プロのディプログラマー(強制改宗家)と反統一教会弁護士等は、統一教会が主張している拉致監禁とは、実際は「保護説得」すなわち「救出活動」であるとし、理由として、メンバーの両親は、子供達が「反社会的な」統一教会のメンバーであることを非常に心配し、これらの過激な方法に頼らざるを得なかったからであると、主張している。

彼らはその主張を正当化するため、統一教会から離れた多くの個人が、のちに統一教会に対し「青春を返せ」裁判として知られる損害賠償請求裁判を起こしたという事実を引用している。これらの原告の一部が民事裁判に勝訴した事実をもとに、彼らは、統一教会は反社会的な団体であると主張している。しかしながら、これらの裁判は、強制説得によって統一教会を離れた元メンバーに統一教会を非難するように促すことにより、統一教会の社会的評判を貶(おとし)め、統一教会を過小評価しようとする、これら弁護士達の反統一教会戦略に起因するものである。

そこで、私は、これらの原告は真正で自発的なものではなく、強制改宗、すなわちディプログラミングを通して作られた「でっちあげ被害者」であると、あえて言及したいと思う。これらの事実は、「青春を返せ」裁判で行われれた彼ら自身の証言や供述書に明らかに示されている。本日のこのプレゼンテーションでは、原告による裁判資料や、「青春を返せ」裁判に関連した宣誓供述書を基に、次の事柄を証明したいと思う。

(1) 統一教会を訴えた元メンバーの過半数は、教会を辞めさせられた時、家族により身体的に拘束されていた。

(2) 元メンバーが教会を辞めることを決めた時、退会カウンセラーという第三者が介在していた。

(3) 退会カウンセラーは、神学的、教理的な問題について話し、信仰を破棄するようメンバーに影響を与えることを目的としていた。

私は、例として、札幌における「青春を返せ」裁判を取り上げたいと思う。いわゆる「青春を返せ」損害賠償請求裁判は北海道の札幌市で始まり、統一教会メンバーにより行われた伝道活動は不法行為であると主張した。原告は、統一教会での失った数年間の代償として損害賠償を求めた。札幌地方裁判所での審理は1987年3月から2001年6月までの14年3ヶ月に渡って続いた。原告は、全員女性で、最終的には21名であった。

結果はどうだったか?原告は、2001年第一審に勝訴、控訴審で2003年3月に統一教会は敗訴。最終的に、2003年最高裁は、統一教会の最高裁上告を棄却し、原告優位の判決が下った。賠償額は、請求額の三分の一と裁判で決まった。皆様の参考のために、「青春を返せ」裁判は、必ずしもいつも成功したわけではなかった。たとえば、1998年名古屋地裁、1999年岡山地裁、2001年神戸地裁では原告は敗訴した。

これらの元統一教会メンバーが教会を辞めた時の状況についてみてみたいと思う。札幌での「青春を返せ」裁判では、統一協会側弁護士による、原告への反対尋問により、離教の模様が明らかにされている。21名の原告の証言は次の四つのタイプに分類できる。

出典元の円グラフを参考にして下さい。ここでは、円グラフは省略。> 

上の円グラフの、青色で示されている部分は、彼らの証言において、彼らが“監禁”された事を認めた人たちである。21名のうち8名が、監禁されたことを実質認めている。

赤色で示された部分は、監禁されたとは認めていないけれども、部屋は内側から鍵がかけられ、部屋への、または部屋から自由に移動が出来なかった人たちを示している。8名がこれに該当すると証言している。

黄色で示された部分は、軟禁されていたと認めた人たちである。ここでいう軟禁とは、鍵をかけられてはいなかったが、持続的な監視により、その場所から逃げ出すことができなかった状況を指している。2名が、そのような状況下にあったことを証言している。

最後に紫色の部分は、監禁されていたことは否定し、部屋への出入りは自由であったと証言し、3名がそれに該当する。

すべての者が監禁という意味での束縛とは表現していないけれども、証言した75%以上が、移動の自由に対する拘束があったと認めている。軟禁状態も含めると、86%の原告が、ある拘束状態のもと離教を決意したことになる。

彼らが監禁されたという典型的な証言例を紹介したいと思う。ORさん(女性)は、かなり正直である。以下は、1999年12月14日、札幌地方裁判所で行われた尋問の記録である。Honda氏は、統一教会側の弁護士である。

Honda:あなたは、統一教会を辞めたんですね?

O.R.:はい、辞めました

Honda:いつ辞めましたか?アパートのようなところで監禁されていませんでしたか?

O.R.:はい、そういう場所に連れて行かれました。

Honda:誰があなたの監禁の首謀者ですか?

O.R.:私の両親です。

Honda:両親はなぜ、あなたを監禁したんですか?彼らの目的は何ですか?

O.R.:両親は、私に統一教会を辞めて欲しかったんです。

Honda:両親は、なぜ、あなたに統一教会を辞めて欲しかったんですか?

O.R.:両親は、私が多分悪い事をしているんじゃないかと思ったからです。

(略)

Honda:あなたの両親は、あなたが宗教に献身的になることを良い事と思わなかった と、いうことですか?

O.R.:はい、そう思います。

(略)

Honda:何日間、監禁されましたか?

O.R.:何日かは覚えていませんが、拘束されて7日目に、私は、私の宗教について再検討始めました。

Honda:と、いうことは、そういう状況は、まず両親によって作られたんですね。

O.R.:はい、それは正しいです。

本田:あなたの脱会説得には、他に誰が関係してましたか?

O.R.:私の親族と、パスカル氏が私に話しました。

本田:パスカルの話を聞きましたか?

O.R.:はい。

本田:あなたが監禁されていたアパートで、パスカルの話を聞きましたか?

O.R.:はい、その通りです。

本田:彼から、何を聞きましたか?

O.R.:主に、統一原理と聖書の違いについて。

本田:そのパスカルという男は、キリスト教、またはプロテスタントの信者ですか?

O.R.:プロテスタントだと思います。

(略)

本田:あなたは部屋から出ることのできない監禁された状態にありました。あなたの自由が奪われていたこ
とが分りますね?

O.R.:はい、わかります。

本田:精神的にも、拘束を受けていませんでしたか?

O.R.:はい、受けていました。

本田:身体的にも、拘束を受けていました。

O.R.:はい、ただ、厳密に言えば、7日目までです。

(略)

本田:あなたの両親は、誰から統一教会の教理を学んだのですか?

O.R.:多分、パスカルからだと思います。


次に、「救出」という表現で監禁という概念を否定しているけれども、しかし内側から鍵をかけられ、部屋への出入りの自由がなかった、ある種の身体的拘束を認めている典型的な裁判記録の一つを紹介したいと思う。Y.N.(女性)の証言は典型的な例である。Kanetsuki氏(男性)は、統一教会側の弁護士であり、この記録は、1999年12月14日札幌地裁で行われた尋問記録からである。

Kanetsuki:では、あなたは、あなたのお父さん、またはあなたの家族によって監禁されたんですね?

Y.N.:それは、私の救出のためでした。

Kanetsuki:あなたは、そのアパートに約1ヶ月間滞在しました?

Y.N.:その通りです。

Kanetsuki:あなたの部屋への出入りは自由に出来ましたか?

Y.N.:いいえ。

Kanetsuki:部屋には鍵がかけられていましたね?

Y.N.:はい、部屋には鍵がかけられていました。私が、窓から飛び降りて自殺しないようにするためでした。

Kanetsuki:それは、一つの理由かもしれません。しかし、あなたは、一つの部屋から別の部屋に移動する自由がありませんでした。

Y.N.:私は、アパートから出ることは許されていませんでした。

Kanetsuki:アパートの何階に滞在していましたか?

Y.N.:確か、7階だと思います。

Kanetsuki:アパートには、どんな人々がやってきましたか?

Y.N.:クリスチャンや、ボランティアの人たちが話しをしに。

Kanetsuki:Tamiya Taguchi という男はやってきましたか?

Y.N.:はい、来ました。

Kanetsuki:彼は何者ですか?

Y.N.:彼は、統一教会の講師でしたが、間違いに気づいて辞めました。彼も私の救出を助けてくれました。

(略)

Kanetsuki:キリスト教牧師も来ましたね?

Y.N.:はい。

Kanetsuki:彼の名前は何ですか?

Y.N.:彼は、パスカルと呼ばれています。


次に、宣誓供述書を紹介する。通常、原告は反対尋問で問いただされた時だけ、離教時の身体的拘束の存在を認めた。しかし、ある原告達は、宣誓供述書内で離教の詳細を説明し、彼らの意志に反して拘束され、監禁されていたと感じたことを指摘している。最も典型的な宣誓供述書は、1999年5月6日にK.M.(女性)により提出されたものだ。

その書面は非常に長いので、次の通り、彼女の供述書の重要箇所を列挙する。

•1992年4月6日、両親・親族にだまされドライブに連れ出され、札幌市内の見知らぬアパートに連れて行かれた。

•「これは監禁だ」と悟り、その時点で恐ろしくなりパニックになった。

•彼女は車のシートにしがみついたが、引きずりおろされ、アパートの入り口まで連れて行かれた。

•彼女は抵抗し、脱出を試みたが、力ずくで阻止された。

•彼女は、叫んで助けを求めたが、誰も応答しなかった。

•アパートでは深夜まで、家族のメンバーにより統一教会について問いつめられた。

•彼女は、あまりものプレッシャーに気が狂いそうになり、「監禁」に対して表現できないほどの怒りを感じた。

•彼女は「話す準備はできておらず、ここから出る必要がある」と言ったが、彼女の提案はきっぱりと断られた。

•彼女のやり残した仕事の事での電話連絡の願いも拒否された。

•彼女の家族は、強硬な姿勢をとり、彼女は、「私の家族は、こんなにまで、私の自由を奪う権利があるのか?」と感じた。

•彼女を捕えた人々は彼女を人間として見なさず、彼女は激高した。

•翌日の午後、反統一教会の牧師が現れ、彼自身、箱舟教会の大久保牧師と紹介した。


身体的拘束の存在については、裁判所によって確認されている。2003年3月14日の札幌高裁での判決では、次のように述べている。「すべての被上訴人は、上訴人の離教者であり、その多くは離教の段階で親族により身体的に拘束されていた。これらの拘束自体は、被上訴人との関連において、違法行為(合法的行為として許容されない)の可能性がある。」しかしながら、判決では、それらは被上訴人と親族との間で解決されるべき問題であり、これらの事実は青春を返せ損害賠償裁判の判決には影響しないと、述べている。

原告の証言の中で、パスカル・ズィヴィ氏と大久保牧師は第三者であり、別な言葉で言えば、原告の親族ではない。これらの第三者と彼らの原告との「話し合い」について説明したいと思う。身体的拘束の有無にかかわらず、この裁判のすべての原告は、統一教会からの離教時に、親族ではない、第三者の介在を認めている。ある原告は、これらの第三者は統一教会を批判したことはなく、また統一教会を辞めるよう強要したことはないと主張している。しかし、彼らの多くは、監禁場所でこれらの第三者と話した後で、統一教会から離れることを決意している。それ故、客観的にみれば、第三者の説得が、原告の離教に重大な役割を果たしたのは明白である。

次のリストは、第三者の個人名と、21名の原告の証言の中で、現れた回数である。パスカル・ズィヴィが多数回出現していることは、注目に値する。かれは、21人の原告のうち、16名の脱会に関わっており、彼の救出カウンセリングと札幌での「青春」を返せ裁判との明らかな相互関係が示されている。第三者は、ほとんどは牧師か、教会に関連した個人である。    

パスカル・ズィヴィ   16回
田口たみや        2回
大久保牧師        2回
戸田牧師         1回
星川牧師         1回
寺田牧師         1回
山本牧師         1回
日本キリスト教団の牧師  1回
キリスト教の牧師      1回


パスカルとは誰なのか?彼の名前はパスカル・ズィヴィ(Pascal Zivi)である。彼は、札幌のマインドコントロール研究所の所長である。彼自身の著作である「マインドコントールからの脱出」の本の中で自らを、「フランスから来たクリスチャンで、札幌市のアジア・バイブル・スクールで学んだ。」と紹介している。現在は、かれは、日本キリスト教団羊ヶ丘教会の会員である。

では、どんな話題で、原告は、退会カウンセラーと呼ばれる第三者と、話し合いをしたのか?次に列挙するのは、証言の中で述べられた話し合いの話題である。ただし、21名の原告のうち4名を除いてである。その4名は、第三者の介在は認めたが、証言の中で具体的な話し合いの話題については言及しなかった。

1. 日本キリスト教団の教理についての会話(日本キリスト教団の牧師)

2. 聖書を見せながら、統一教会の教理の間違いが指摘された(細川牧師、田口たみや)

3. 「堕落論」を含めて統一原理の矛盾点。献金は文師の利己的目的と欲望のため、搾取されている。(パスカル)

4. 統一教会と聖書の違い。統一原理の間違い(パスカル)

5. 聖書と統一原理の比較(パスカル)。統一教会に関連したスキャンダル(パスカル、田口たみや)

6. 統一原理は聖書を間違って引用している(パスカル)

7. 統一原理の錯誤について(戸田むつお)

8. 統一原理の間違いについて(パスカル) 

9. 聖書について(パスカル)

10. 統一原理での聖書の引用は でたらめ(パスカル)

11. 歴史の同時性を含めた、統一原理の矛盾点(大久保牧師)

12. 聖書と統一原理の違いについて(パスカル)

13. 陰陽の二性性相など、統一原理の一貫性のない点(パスカル)

14. 歴史の同時性など、統一原理の錯誤について(寺田、大久保、山本牧師)

15. 統一原理の間違いと一貫性の欠如(パスカル)

16. 聖書学習と、統一教会批判(パスカル)

17. 統一原理と聖書の不一致、統一教会書籍の間違い。”文鮮明師はメシアではないと悟った”(パスカル)


いったい、退会カウンセラーの目的は何なのか?これらの証言によれば、退会カウンセラーの言っていることは、ほとんど神学的、教理的な問題である。プロテスタント系クリスチャンの真理の指標としての聖書に対する認識に基づき、退会カウンセラーは、聖書と統一原理の不一致、間違った聖書の引用、他の間違いや矛盾点を指摘し、統一教会は信じるに値しないという観念を押しつけよう試みている。別な言葉で言えば、彼らの説得は、明確に、メンバーの統一教会からの離教達成に焦点が定められている。

多くの原告は、長期化した監禁または拘束のもと、彼らの宗教の間違いや矛盾の主張を高圧的話法で受けている。いったん信仰が壊されると、彼らは彼らが自由意志で選択した信念や、自由意志で没頭した活動への理解において180度転換する。彼らは、騙されていたとか、マインドコントールされていたとも主張した。最終的に、彼らは教会に対して損害賠償請求裁判を起こした。

結論として、裁判記録と、供述書に基づき、次の事柄を、私は証明できた。

(1) 統一教会に対して、札幌「青春を返せ」裁判を起こした元メンバーの過半数(少なくとも75%)は、彼らが離教を決意した時、家族等により身体的に拘束されていた。

(2) 身体的拘束の有無にかかわらず、すべての原告が離教を決意した時、第三者の退会カウンセラーが介在していた。

(3) 退会カウンセラーは神学や教理問題について話し、退会カウンセラーは、メンバーの信仰を捨てさせることに重きを置いていた。

統一教会の反社会性を証明したであろう「青春を返せ」裁判は、実際は、離教した人々により自発的に起こされたものではなかったという点において、これらの事実は重大である。むしろ、これらの裁判は、身体的拘束と激しい説得のもと、宗教を捨てた作り上げられた犠牲者によって起こされたものである。

その過程において、キリスト教の牧師や、パスカル・ズィヴィのような素人が介在している。これらの退会カウンセラーと、札幌「青春を返せ」損害賠償裁判の弁護人Masaki Gouro氏との間には、何らかの協力があったに違いない。それ故、一連の救出活動と訴訟活動は、社会において統一教会の信用を失墜させ、過小評価させる戦略の一翼を担っていたと考えられる。

したがって、「反社会的」統一教会への子供の関与に両親が心配し、両親はこの極端な方法に頼らざるを得なかったという主張は、物事の順序を逆転させている。なぜなら、日本における拉致監禁・強制改宗の歴史は、「青春を返せ」損害賠償裁判の歴史よりも、ずいぶんと長い。拉致監禁・強制改宗は1966年に始まり、「青春を返せ」損害賠償裁判は1987年に始まった。

さらに、両親の「心配」は、自発的に起こったものではなく、反統一教会牧師に話しを持ちかけられた結果として起きている。パスカル・ズィヴィ氏は札幌において活動しているので、このプレゼンテーションでは、彼について言及した。日本全国において、他の「退会カウンセラー」が多く存在し、他の都市でも、信仰破壊活動と「青春を返せ」裁判との類似した協力関係が見られる。

もし、拉致監禁がなければ、「青春を返せ」損害賠償請求裁判も起きなかった。拉致監禁による強制改宗を通じて、統一教会は反社会的団体であるという型にはまった概念が戦略的に作りだされ、その結果、もっと多くの拉致監禁被害者を増やしていくという卑劣なサイクルが起きた。



(注1)
富沢裕子は、1997年6月に拉致され、3つのアパートに、15ヶ月間にわたり、監禁された。プロテスタントの牧師、高澤守が彼女の監禁されていた部屋を訪ね、彼女の信仰破壊を行おうと試みた。

寺田こずえは、韓国人と結婚し、韓国に在住していたが、2001年1月 日本の実家を訪ねた。彼女の滞在中に、彼女の親族が彼女を拉致し、アパートに66日間監禁した。高澤守牧師がたびたび監禁部屋を訪ね、脅しと侮辱で彼女の信仰を壊そうと試みた。

判決日     原告    被告  損害賠償額 裁判所   訴訟番号
2000.8.31   富沢裕子   高澤守 55万円   鳥取地裁   2000訴訟番号 72
2002.2.22   富沢裕子   高澤守 15万円   広島高裁  2000訴訟番号98
2004.1.28   寺田こずえ 高澤守 20万円   大阪地裁  2002訴訟番号4326
2004.7.22   寺田こずえ 高澤守 20万円   大阪高裁  2004訴訟番号686



<原文では、最後に追加資料として、原告21名のイニシャル、退会カウンセラーの名前、拘束期間をまとめた表が挿入されています。ここでは省略しますので、原文を参考にして下さい。文書の一番最後です。
Plaintiff = 原告
Exit Councelor = 退会カウンセラー
Period of Custody = 拘束期間
色分けは、本文中の円グラフと同じです。

<追記:2011-08-21>
全国 拉致監禁・強制改宗被害者の会ウェブサイトで、この魚谷論文が、日本語で発表されています。こちらも、参考にして下さい。と、いうか、ご本人の文責での発表なので、全国 拉致監禁・強制改宗被害者の会ウェブサイトで発表された方をメインに、私の訳の方は参考にして使って下さい。
http://kidnapping.jp/news/20110819.html

私のこのブログで紹介したものは、純粋に英語から日本語に訳したものです。読み比べてみると、非常に興味深いのですが、表現の差はありますが、伝わっている内容はほぼ同じです。




<更新情報>
2011-08-03: 論文の前半の訳終了
2011-08-05: 後半の訳終了
2011-08-06: 注1完了で、一応完了

2011-08-21:追記を追加

posted by 管理人:Yoshi at 23:59| Comment(9) | TrackBack(0) | 宗教/カルトに関する会議等 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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