2011年02月23日

韓国Yahoo - 強制的脱会説得により引き裂かれた愛

記事タイトル(原文):종교적 이유로 사랑도 갈라져야 되나요
タイトル日本語:宗教が違うからと言って、愛も引き裂かれないといけないのか
出典URL:http://kr.news.yahoo.com/service/news/shellview.htm?articleid=2011021619510261947&linkid=4&newssetid=1352
記事の日付:2011年2月17日
日本語訳: (アメリカの活動家による情報提供)

韓国で家庭生活を始める予定だったTTさん(日本女性 - 統一教会員)が、昨年(2010年)12月中旬に、日本帰国中に拉致された。以下のニュースは、韓国Yahoo News で流れたものだ。(元の記事は韓国世界日報)

韓国Yahoo記事 ここから
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李張熙さん夫婦、やるせない生き別れ
妻の田中さん、日本の両親が監禁
在韓日本大使館への訴えも徒労に
(韓国紙「世界日報」2月17日付)

“愛する彼女を探してください”

日韓の国境を越えて愛を育んできた夫婦が、妻の両親の反対により、会うこともできずに涙している。切ない事情の主人公は、光州に暮らす李張熙(イ・ジャンヒ)さん(39)と日本女性の田中さん(38)。李さんは、2008年に統一教会で田中さんと出会い、2009年10月に祝福結婚式に参加した。

しかし、2人の愛が結実するには、国境よりも遠い障害物が横たわっていた。昨年12月、田中さんが「両親から祝福を祝ってもらいたい」として日本に行ったのち、連絡が取れなくなったのだ。

田中さんは日本に到着後、李さんに「無事に家に着いた」と電話をしてきたが、これが最後のあいさつになってしまった。

宗教的な理由で李さんとの結婚に反対した田中さんの両親が、2人の間を裂くために、娘を監禁してしまったのである。日本では、1966年からの45年間で、4300人以上の統一教会信徒が、宗教が異なるという理由で拉致・監禁されたと集計されている。

1週間の日程で両親のところに行った妻からの連絡が途絶えると、李さんは、昨年12月末に日本を訪問し、在日韓国領事館と日本の警察に行方不明の申告をした。

しかし、領事館側は「警察に告訴しなければ、領事館が対応する方法はない」とし、警察も「まだ婚姻届が出されていないため、両親が申告しないかぎり、受け付けることはできない」ということだった。

李さんは、日本の田中さんの家と親戚の家を訪ねまわり、田中さんに会わせてほしいと訴えたが、誰も耳を貸してくれなかった。心が真っ暗闇になった李さんは、帰国後も、在韓日本大使館など、各所に助けを求めた。在韓日本大使館側は「田中さんは自分の意志で日本に行って失踪したため、私たちには何もできない」という答弁を繰り返すばかりだった。

甘い新婚生活を夢見ていた李さんは、愛する人の突然の音信不通に茫然自失の状態だ。彼は「父を早くに亡くし、田中さんだけでなく、彼女の両親も、本当の両親のように思って孝行するつもりだった」と言いつつ、「会うこともできず、声を聞くこともできないため、どうすればよいか分からない」と肩を落とした。

光州=リュ・ソンチュン記者
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韓国Yahoo記事終了


管理人のコメント:現在監禁されているのは、島根で昨年11月に行方不明になったYAさん(女性)と、今回の記事のTTさん(田中さん)である。YAさんは3ヶ月、田中さんは2ヶ月である。個人の意志に反して監禁し脱会説得をする事が許されていいはずがない。今回の記事の出典元の韓国Yaohhには、二人の写真が掲載されている。見れば見るほど、心が痛む。


更新情報:
2011-02-24午後:
記事タイトルを「宗教により引き裂かれた愛」から「強制的脱会説得により・・・」に変更。「宗教により・・・」では、何らかの信仰を持ったことで引き裂かれた・・と理解できるため。


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posted by 管理人:Yoshi at 21:02| Comment(2) | TrackBack(0) | メディア 韓国 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年02月16日

(米)統一教会ウェブサイト - 後藤氏の民事提訴報道

記事タイトル(原文):Toru Goto Takes Kidnappers to Court
タイトル日本語:後藤徹氏、拉致監禁犯を民事提訴
出典URL:http://www.familyfed.org/news/index.php?id=216&page=1&apage=1
記事の日付:2011年2月9日
日本語訳: Yoshi

今回の記事は、アメリカ統一教会のウェブサイトに2月9日にアップされた記事で、後藤徹氏の民事提訴について報じている。(その後の情報によれば、訴状を送付したのは1月31日である。)


以下、原文と日本語訳
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Toru Goto Takes Kidnappers to Court
後藤徹氏、拉致監禁犯を民事提訴

Mr. Toru Goto, a well-known victim of kidnapping and de-conversion, filed civil suit in Tokyo District Court demanding damage compensation of 200 million Yen ($2.4 Million) against deprogrammers Takashi Miyamura and Yasutomo Matsunaga, on Feb 3, 2011, according to Human Rights Violations in Japan, an Australian blog.

http://humanrightslink.blogspot.com/2011/02/goto-takes-deprogrammers-to-court.html

オーストラリアのブログ Human Rights Violations in Japan(日本の人権侵害)によれば、拉致監禁・強制改宗の被害者としてよく知られている後藤徹氏が、ディプログラマーである宮村峻、松永堡智(やすとも)に対し、損害賠償2億円を求めて、2011年2月3日、東京地方裁判所に民事提訴を行った。

Mr. Goto was confined for 12 years and five months (Sep.11, 1995 - Feb.10, 2008) against his will in an attempt to abandon his faith.

後藤氏は、棄教目的のため、彼の意思に反して、12年5ヶ月(1995年9月11日 - 2008年2月10日)もの間、監禁されていた。

The Tokyo Prosecutors Office declined to indict the deprogrammers in December of 2009, citing insufficient evidence as the reason. The Tokyo No 4 Committee for the Inquest of Prosecution decided on Oct 6, 2010 that the Prosecutor’s Non-Indictment decision was appropriate. This ended the chance of criminal trial.

2009年12月、東京検察庁は証拠不十分との理由でディプログラマーを不起訴とし、東京第四検察審査会は、
不起訴相当の判断を下した。これにより、刑事裁判の道は閉ざされてしまった。

Mr Goto is now seeking a civil trial.

後藤氏は、民事裁判での裁きを求めている。

"The civil suit by Mr. Goto is a major test case for the Japanese judicial system," said Mr. Dan Fefferman, the president of International Coalition for Religious Freedom. "It is a shame that Japan's criminal justice system failed to uphold his rights and punish the crimes perpetrated against him. However, a strong ruling in Mr. Goto's favor in the civil courts will at least partly redeem this miscarriage of justice."

ICRF(国際宗教自由連合)のダン・フェファーマン会長は、「後藤氏によってなされた訴訟は、日本の司法制度に対する重要な試金石となるものである。日本の刑事司法制度は、後藤氏の人権を守ることができず、後藤氏に対して行われた犯罪行為を行った犯罪人を罰することができなかった。しかしながら、民事訴訟での後藤氏に有利な判決は、少なくとも、この誤審を埋め合わせるものになるだとう。」と語った。

In the United States, civil cases sometimes result in major victories for plaintiffs even after criminal trials end in acquittals.

アメリカでは、刑事裁判で被告が無罪放免になったとしても、時として民事訴訟で原告が大勝利を収めることがある。

In the case of Jason Scott, an 18-year-old Pentecostal believer who filed criminal charges in 1993 against deprogrammer Rick Ross, the criminal trial ended in acquittal. But in the civil case (1995), Scott was awarded almost $5 million in damage compensation and punitive compensation from deprogrammer Rick Ross, his assistants and the Cult Awareness Network (CAN), which put CAN out of business. Scott was eighteen years old at the time of the abduction and thus legally an adult. CAN was a co-defendant because a CAN contact person had referred Scott's mother to Rick Ross. In the trial, Jason Scott was represented by Kendrick Moxon, a prominent Scientologist attorney.

ディプログラマーのリック・ロスに対して1993年に刑事訴訟を起こした18歳のペンテコスタル教会の信者ジェイソン・スコットの裁判では、被告は無罪放免となった。しかし、1995年の民事裁判では、スコットは5億円もの損害賠償と、懲罰的損害賠償を、ディプロラマーのリック・ロス、彼の助手、そしてCAN(カルト警戒網)から勝ち取ることができた。これによりCANは破産した。スコットは、拉致された時は18歳であり、法律的には大人だった。CANがスコットの母にリック・ロスを紹介したということで、CANは共同被告であった。裁判では、ジェイソン・スコットの弁護士は、サイエントロジー教会の著名な弁護士、ケンドリック・モクソンであった。

The nine-member jury unanimously held the defendants liable for conspiracy to deprive Scott of his civil rights and religious liberties. In addition, the jury held that Ross and his associates (but not CAN) "intentionally or recklessly acted in a way so outrageous in character and so extreme in degree as to go beyond all possible bounds of decency and to be regarded as atrocious and utterly intolerable in a civilized community." The case resulted in an award of $875,000 in compensatory damages and punitive damages in the amount of $1,000,000 against CAN, $2,500,000 against Ross, and $250,000 against each of Ross's two accomplices. The case bankrupted the Cult Awareness Network and marked a watershed for new religious movements in North America.

7名の陪審員は、全会一致で、被告のすべては、スコットの市民権と宗教の自由の剥奪謀議に責任があると判断した。さらに、陪審員は、ロスと彼の助手は(CANにではなく)「故意にそして乱暴に、可能なすべての良識の限界を越え、性質において言語道断、程度において過激であり、文明社会の中では残虐で、まったく許されざる行動である」とした。その裁判は、87万5000ドル(約8750万円)の損害賠償と、CANに対して100万ドル(約1億円)、ロスに対し250万ドル(2億5000万円)、ロスの二人の助手に25万ドル(2500万円)の懲罰的損害賠償が言い渡された。この裁判によりCANは破産し、北米での新宗教運動の流れを変える大きな出来事となった。

The O.J. Simpson case is perhaps the most well known instance of a civil lawsuit that gained victory after a criminal prosecution had failed. The O. J. Simpson murder case (officially called the People v. Simpson) was a criminal trial held in Los Angeles County, California Superior Court from January 29 to October 3, 1995, in which former American football star and actor O. J. Simpson was tried on two counts of murder following the June 1994 deaths of his ex-wife Nicole Brown Simpson and her friend Ronald Goldman. The case has been described as the most publicized criminal trial in American history. Simpson was acquitted after a lengthy trial that lasted over nine months−the longest jury trial in California history.

多分O.J.シンプソンの裁判が、刑事訴訟が失敗した後、民事訴訟で勝利を勝ち取った例として、最も有名である。シンプソンの殺人事件裁判(正式には the People 対 Simpsonと呼ばれている)の刑事裁判が、1995年の1月29日から10月3日まで、ロスアンジェルスのカリフォルニア最高裁判所で開かれた。元アメリカンフットボールのスターであり映画俳優のシンプソンが、1994年の彼の元妻の二コール・ブラウン・シンプソンさんと、彼女の友達ロナルド・ゴールドマンさんの死亡事件に関連し、2件の殺人容疑で裁かれた。この裁判は、アメリカの歴史で、最も報道された刑事裁判として知られている。シンプソンは、長い裁判の末、無罪放免となった。カリフォルニアの陪審裁判で9ヶ月にわたる最も長い裁判だった。

Later, both the Brown and Goldman families sued Simpson for damages in a civil trial. On February 5, 1997, a jury unanimously found there was a preponderance of evidence to hold Simpson liable for damages in the wrongful death of Goldman and battery of Brown. On February 21, 2008, a Los Angeles court upheld a renewal of the civil judgment against him.

後に、ブラウンさんとゴールドマンさんの両方の家族が、民事裁判で、損害賠償請求を行った。1997年2月5日、ゴールドマンさんの不法死亡と、ブラウンさんの暴行に、シンプソンは損害賠償の責任があることを示す証拠の優越性があると、陪審員は全会一致で明らかにした。2008年2月21日、ロスアンジェルス裁判所は、彼に対する陪臣裁判をの結果を支持した。

Contributed by Douglas Burton
寄稿 - ダグラス・バートン
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原文と日本語訳終了

ここからは、管理人(訳者)のコメント:
今回の記事は、オーストラリアのブログからの引用から始まっている。2月3日に、全国拉致監禁・強制改宗被害者の会のウェブサイトで、後藤氏の民事提訴の事が発表された。その記事をもとに、私の英語ブログで、2月8日に後藤民事訴訟のことを掲載した。私の記事を引用し、アメリカ統一教会の広報バートン氏自身の記事も加えての発表になったようだ。

バートン氏とは、今年になってから、何回かメールでやり取りしたことがある。彼自身、アメリカでの拉致監禁の体験者であり、元新聞記者(ワシントンタイムズ)であり、現在は、アメリカ統一教会の広報の仕事をしているようである。日本の統一教会がそのウェブサイトに後藤氏の民事訴訟の件をアップしたのが、今日か昨日のことなので、アメリカの方が1週間ほど、早かったようである。何で、こんな情報が、その教会員でもない私のブログ経由でアメリカに伝わるのか、ちょっと不思議に思うこともあるが、私の英語ブログへのアクセスが、短期ではあるが、それまでの50倍くらいになった。そして、文字通り、アメリカだけでなく、世界中からアクセスがあった。アクセスのほとんどは、統一教会の世界中のメンバーだと思われるが、今、日本で起きていることが世界中に、一人でもたくさんの人に伝わってくれるのは嬉しいことである。


posted by 管理人:Yoshi at 18:43| Comment(0) | TrackBack(0) | 後藤裁判 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年02月07日

「(米)ディプログラミング盛衰」からみた後藤民事訴訟の意義

フェファーマン氏のレポート「アメリカのディプログラミングの盛衰」を12回に分けて訳してきた。レポートだけでは、情報が不足していたり、不明なこともあったので、きょうの記事を書くため、私の方で調査の時間がかかり、少々更新に時間がかかった。

アメリカではなぜ、ディプログラミングが終わったか? 一言で言えば、裁判所が、ディプログラミングは違法であると判決を下し、刑事裁判では、犯罪者には禁固刑、罰金、そして、民事裁判では多額の損害賠償金を科したからである。

節目の重要な裁判の判決(アメリカ)を二つ紹介したい。(これまで、記事を読んでおられる方には復習になるし、このページを始めて読んでも、OKのはずだ。)


1984年 エイラーズ裁判
エイラーズの拉致監禁事件は1982年。刑事裁判は不起訴、その後の、民事裁判で、「監禁されていたのは疑いのない事実」とし、1980年ピーターソン判決(ミネソタ最高裁)を無意味なものにした。ピーターソン判決とは、「カルトから救出のためのディプログラミングは許される」という判決であり、ディプログラマーはこの判決に、お墨付きをもらっていた。その判決をひっくり返したのが、このエイラーズ裁判だった。
http://mn.findacase.com/research/wfrmDocViewer.aspx/xq/fac.%5CFDCT%5CDMN%5C1984%5C19840306_0000010.DMN.htm/qx


1995年 スコット裁判
1991年、その後の決定的裁判となるジェイソン・スコットの監禁事件が起きる。1993年、刑事裁判では、首謀ディプログラマーのリック・ロスと、ロスの二人のアシスタントが訴えられた。刑事裁判では、首謀者のリック・ロスは無罪放免、二人のアシスタントに対しては、執行猶予30日懲役1年という軽いものだった。

ジェイソン・スコットは民事訴訟を起こし、その判決が、1995年に言い渡された。詳細は前回の記事を参考にして欲しいが、懲罰的損害賠償金(合計400万ドル = 4億円)の内訳は、CANに対し100万ドル(約1億円)、首謀ディプログラマー リック・ロスに対し250万ドル(約2億5000万円)、ロスの二人のアシスタントに対しそれぞれ25万ドル(約2500万円)だった。CAN(Cult Awareness Network = 反カルト団体)は破産し、ディプログラミングの息の根は止まる。
http://en.wikipedia.org/wiki/Jason_Scott_case
参考文献:我らの不快な隣人 P163-165 米本和広氏


私は、日本の裁判については、まだまだ勉強することが多いのだが、今の段階での私の知識・情報に基づいて、アメリカの裁判と、日本の裁判を関連づけてみたいと思う。

アメリカ1984年のエイラーズ裁判に相当するのが、日本では2006年3月の今利裁判の最高裁での和解であると思っている。

エイラーズ裁判では、それ以前の、「カルトから救出のためのディプログラミングは許される」という判例を覆した画期的な裁判だった。この裁判の判決時の1984年には、ディプログラミング件数は減少傾向にあったが、この裁判を契機に1980年代後半に向けて、さらに減少していくことになる。

今利裁判では、1審、2審では原告(今利側)の負けで、最高裁で異例ともいえる和解が成立した。最高裁判事は今利さんの両親に 「二度と同じ事をしないように」と、説示した。(← http://www.worldtimes.co.jp/special2/ratikankin/110205.html ) 今利裁判の最高裁での和解が成立したのは2006年だが、今利理恵さんが1999年に起こした裁判により事情は急変する。

ルポライター米本氏は、「宮村峻研究 by Mr. Harada」のある記事へのコメントで次のように語っている。「80年代の後半から、もっと絞って言えば90年代以降から、拉致監禁が毎日のように発生し、(略) ただ、99年に今利理絵さんが裁判を起こされたのをきっかけに、拉致監禁は激減しました。」(← http://miyamurakenkyu.seesaa.net/article/182025236.html#more 2011-01-26 18:56 のコメントより引用 )


エイラーズ裁判も、今利裁判も、拉致監禁、ディプログラミングを減少へと追いやっていったが、決定打には、次の裁判まで待たなければならない。


エイラーズ裁判の判決から5年後の1991年には、ジェイソン・スコットの拉致監禁が起きる。しかし、スコット氏の1993年の刑事裁判では、アシスタントに執行猶予付き判決のみで、首謀者は無罪放免だった。首謀者のリック・ロスは大喜びだったろうが、まさか、その後の展開は、予想もしなかっただろう。

今利裁判の最高裁の和解から、2年後の2008年、後藤徹氏が、12年5ヶ月の監禁から捨てられるように、解放された。検察は不起訴、そして、検察審議会も不起訴相当との判断を下し、刑事裁判の道はなくなった。宮村氏は、今後の展開が予測できるだろうか?

スコットの監禁から4年後の、1995年、民事裁判での判決が下りた。上記の通り、多額の損害賠償金が被告に課せられ、ディプログラミングを終焉させる裁判となった。

後藤徹氏は、つい先日の事だが、解放から3年後の2011年2月に民事訴訟を起こした。被告はディプログラマー宮村峻氏、松永堡智(やすとも)牧師、そして親族等であり、損害賠償2億円を求めている。
http://kidnapping.jp/news/20110203.html

私の中では、後藤徹氏のこの民事裁判は、アメリカでのディプログラミングに対し決定的な打撃を与えたジェイソン・スコット裁判と同じ位置にある。

スコット刑事裁判で首謀者が無罪放免になり、後藤刑事裁判は門前払いだった。しかし、アメリカの例を見ると、刑事裁判の結果よりも、民事裁判の方がより大きな影響を与えてきた。節目の判決は民事裁判で、刑事裁判の判決や不起訴を覆してきたのである。1984年のエイラーズ裁判もそうだし、1995年のスコット裁判もそうだ。

これから、何年かかるかわからないが、後藤氏には、健康でいて、これからの民事裁判で、真実を証して頂きたいと思う。今利裁判では、1審、2審敗訴だった。裁判に勝つとか、負けるとか、気にする事もないのかもしれない。堂々と、訴えて欲しい。


長く続いた、この連載の最後に、(別に狙った訳ではないが・・)後藤徹氏の民事提訴のニュースが入ってきた。フェファーマン氏のレポートを訳しながら、アメリカの事情を学びながら、今の私の持っている知識・情報で日本の裁判と比較してみた。私の知識が深まれば、見方も変わってくるかもしれないが、今の時点での、私の考えを書いた。

後藤氏の裁判が、日本の宗教的拉致監禁の終焉に向けて、大きな役割を果たしていくものと確信している。もし、他にも、起こせる裁判があるのなら、それに超したことはないが・・・


しかし、裁判が終わり、将来、拉致監禁がなくなっても、拉致監禁の残した多くの問題の解決のため、やるべきことがたくさん残っている。


更新状況:
2011-02-07 夜:記事アップ
2011-02-08 夕方:今利裁判部分に、米本氏のコメントを引用として追加


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